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1.5 幕間「僕」
僕のご主人は、いつも同じことを繰り返す。
灰色のスーツを着込んで髪の毛を整えたかと思うと、埃のたまった靴箱を開けて、磨き残しのあるビジネスシューズを取り出す。
そして、その上にある家族写真の剣道着姿の子どもに指先で触れる。
「ふふ。元気をありがとうね」
『本当は連絡を入れたいんでしょう?』
僕はそう呟く。しっかり者のご主人は中途半端なことをしないから、きっと仕事が上手くいくまでしないと分かっているけれど。
『それもまた、父の務めってやつですか。大変だなぁ』
どちらかと言えば、母の存在が大きすぎるだけな気もする。
自分が連絡を入れても無駄だ、と思わせる程度には。
やっと小学生になった子どもに、もっと構いたいだろうに。
僕はご主人様の苦労を分かってあげることはできない。住んでいる次元が違うからだ。
『貴方は、自分の立場をよく理解していますネ』
『……現れるときは教えてよ。監視者さん』
僕は背後に現れたであろうその存在に言った。
『失礼。どうですか、守護霊の本懐を果たせていマス?』
『ええ。きちんと見守っていますよ。主人が上司に怒鳴られた時も、仕事が認められて嬉しそうなときも』
『それは良かったデス。では、要らない労力を省くために失礼』
消え去った監視者の跡を、僕は睨みつけた。
当り前じゃないか。
何とかしてあげたくてもできないんだから。
ため息をつきながら、白髪の混じり始めた頭の上に座り込む。
僕はなんて小さな存在なのだろう。見守ることしかできないなんて。だけど――。
「おっと、もう行かなくっちゃ」
『そうだよ。今日は会議なんだからさ』
ご主人の望みは、家族の幸せと仕事の成功。僕は力不足だけど、ご主人の望みがはっきりしているから、きっと迷わないし、今日もうまくいくだろう。
そしてうまくいく限り、僕の役割は果たされているも同然だった。
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