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2.一人じゃ何もできないくせに
いつもうつむき加減な小夜に転機が訪れたのは、守護を始めて三年が過ぎたあたりのことでした。
小夜が小学校五年生になった辺りの話です。
その日はクラス替えという行事の後で、いつもより一層浮足立っていました。
「あのアニメ、よかったね」「春休み何やった?」「今日遊ぼうぜ」……
耳につく声はどれも、黄色い熱を帯びているような気がします。
五年二組に配置された小夜は、暴れまわる男子たちの奇声には目もくれず、窓際にある自分の席へと向かっていきました。
相変わらず誰とも目を合わさない小夜。誰とも話したくない、という気持ちが伝わってくるようです。
拒絶が小夜の望みであるなら、それをもたらすのが私の役目です。
対して小夜の後ろにある席では、先に登校した女子たちが輪になって、話に花を咲かせています。
それは、明らかに小夜が得意ではないであろう集団。小夜が近寄りがたい敵といっても過言ではありません。
小夜はバッグから本を取り出し、開きました。
『これは、きっと距離を置きたいのでしょうね』
だって小夜は、普段あまり本を読もうとはしませんから。
主人の意図も明確になりました。
私のすべきことは一つ。小夜の読書を、他人に邪魔させないことです。
とはいえ、私の霊力では外界の物音を遮断することなんてできません。
優秀な守護霊であれば、極限まで集中した状態――いわゆるゾーンに入った状態――を主人に授けてあげられるのですが、仕方ありません。
私は小夜の背中にそっと抱き付きました。
こうすれば、多少の触覚や聴覚くらいなら、私が肩代わりしてあげることが出来ます。
小夜からしてみれば遠くで聞こえる、遠くで感じる、くらいにまで抑えられるでしょう。
まあ、私の存在に気づいてくれないのは、良い事なんですが寂しい気もします。
とにかく、小夜の表情は見る見るうちに集中していき、本のページをめくる速度が上がっていくのが分かります。
よしよし、良かった。
……私もページを目で追っていると、気になる物語がありました。
シートン動物記……狼王ロボ、というものです。
内容は捕らえられた賢い狼が、毒殺されたつがいの狼を見て自分の死期を悟り、最期まで人間に抗うというものでした。
随分とヒト寄りに脚色された話だとは思いますが、気になることもあります。
狼も生き物ですので、きっと守護霊がいたはずです。
その狼の守護霊は、どんな気持ちで最期を看取ったのでしょうか。
自分の主人に訪れる未来が不幸しかないことを知ったとき、どんな思いを抱きながら守護したのでしょうか。
私だったら、耐えきれるでしょうか。
無理です。
主人に降りかかる不幸を黙って見過ごしてはいられません。
それならば、霊力で元凶となる問題を改善するために動くことでしょう。
――それが小夜の望まないものだとしても?
一瞬思考が止まりそうになった時、私は背中に違和感を覚えます。
「ねえねえ、中原さん」
「はうあ⁉」
しびれを切らした少女に背中を突かれた小夜が、変な声を上げました。
「わわ、な……なんですか?」
小夜が表情をこわばらせました。
本から手を放してお行儀よくその子の方を向きますが、なぜか怯えきっています。
膝の上では強く拳を握っているようでした。
私はつい、二人の間に割って入りやすい位置に立ってしまいます。
その行為に意味がないと、分かってはいるのですが……。
「あたし、今日から中原さんの隣だから、よろしくね」
「だ……誰ですか?」
小夜の声が震えています。
「ひどい! 桐生だよ。去年も同じクラスだったでしょう?」
「す、すみません!」
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