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ピアジェは戻ってきた私を完全無視した。せっかく謝ろうとしてもその態度なら、こっちだって話してやる筋合いはない。
「戻ってきてくれてよかったわ。よくあるのよ、観光に出たままいなくなる人とか、公演中に失踪する人が。ピアジェは誰が辞めても気にしないけど、やっぱり仲の良い人だと辛いのよね」
夜の公演の出番を終え、控え室に戻ってきたジュリエッタが言った。
「あなたは大切なクラウンだから、いなくなってはダメよ」
「君だってそうだよ、ジュリー。君は唯一無二の凄い歌手だ、誰も君の代わりはいない。皆だってそうさ」
「言ってくれるわね」とジュリエッタは目を潤ませた。
他の団員たちも私に多くを聞かず、ただ温かく迎え入れてくれた。私の1番の財産は、どんなときでも、どんな私でも受け入れてくれる仲間と居場所を手に入れたことだろう。
「ジェロニモは?」
出番を終えたヤスミーナに聞いたら、「夜の公演に出て、今1人でどこかにいると思うわ」と答えた。
「分かった。ゴメンよ、勝手なことをしてしまって。あの女を僕は知ってるんだ、それで余計に頭にきてさ」
「いいのよ、私も見ててスカッとしたし」とヤスミーナは微笑んだ。彼女の返事を聞いてほっとした。
「ジェロニモが公演に出られなくなるんじゃないかって冷や冷やしたけど、2人で謝りまくったから何とかなりそう。凄い怒ってたけどね」
一番心配していたのは、ジェロニモがあれを機に出演禁止になることだった。ピアジェのことだから、大切な客を怒らせたペナルティを科すことも容易に考えられた。その可能性が消えたことが何より嬉しかった。
「ネロ、あなたの正義感と優しさは凄く良いところだと思うわ。でも、心配なのはそれが今後あなたを苦しめないかどうか」
「僕のことは心配しないで。まずは君の心だけを守ることを考えて」
ヤスミーナは躊躇いがちに頷いた。
きっと彼女のことだから、自分のことだけ考えてなんていられないだろう。今も私のことだけじゃなく、ジェロニモのことを気にかけているはずだ。知っていてあえて言ったのは、彼女のことを少なくとも私は気にかけていると示すためだ。その事実だけでも救われるだろうから。
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