夜のサーカステント

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 キトでの最終公演の日の翌日、街の日本雑貨屋でケニーと一緒に何か面白いものはないかと見繕っていたら、中年の日本人の夫妻が紙風船を勧めてくれた。お土産として人気なのだという。赤、白、緑、青の三日月の色の入ったそれは、最初の形状は葉っぱみたいなのに、膨らますと可愛らしい丸い紙風船に変身する。  これを使って何か芸ができないかとダメ元で尋ねたら、旦那さんの方が「傘回しというのがあるよ」と教えてくれた。日本の大道芸の一つで、旦那さんは元傘回しの日本チャンピオンだという。  旦那さんは店先で華やかな白い桜柄が渦を巻く紫色の美しい傘を広げ、少し傾け右手を軸にして両手で持つと、枡という正方形の小さな木箱を傘の上で回し始めた。くるくると高速で回る傘の上で、桜と一緒に升がころころと飛び跳ねるみたいに回っている。 「おお〜っ」  ケニーと私は感激して手を叩いた。 「傘回し初心者はまず、紙風船から始めるといいよ」と旦那さんは流暢な英語で言った。紙風船は傘の上に乗りやすく止めやすい。また、軽いためにバランスがとりやすいのだとか。傘回しにはレベルがあり、初心者は紙風船、中級は鞠、上級は金輪、達人になると枡を回せるようになるらしい。  私は他の客の邪魔にならぬよう店の隅に移動し、旦那さんに紙風船の傘回しを教わった。ケニーも一緒にトライした。 「傘の柄と紙風船が90度になるように回すといいよ」  観ているだけだと簡単そうに見えるが、いざやってみると難しく、紙風船を回しているうちに身体が前のめりになり、紙風船が傘の傾斜に転がり落ちてしまう。しかも右腕だけでなくいつも使わない右手の指先の筋肉を酷使するため、腕がすぐに疲れてしまう。見た目では分からないが、結構な運動量だ。ケニーは10分の運動で汗をかいていた。  旦那さんは、前のめりになりそうな時は傘をまっすぐに立てて紙風船が元の位置に来るように調整すればいいと教えてくれた。その通りにしたら上手くできるようになった。最後、逆さにした傘でキャッチするところまで30分余りでマスターした。 「君はなかなか勘がいいね」と旦那さんに褒められまた調子に乗りそうになった。 「そうですか? ありがとうございます」  紙風船をクリアしたら次は鞠だ。  鞠は重さがあるぶん回転スピードも早く、紙風船とは比較にならない難易度だ。これは1分続けて回せるようになるまでに1時間を要した。 「鞠までできたら大したものよ」と奥さんが励ましてくれた。  逆さにした傘に入れた鞠を手に取り、これでジャグリングをしたら面白いかも知れないと閃いた。普通のジャグリングボールよりもニ回りくらい大きいが、桃色に金箔を散りばめた柄と素材の触り心地がとても気に入った。  他にいい道具はないものか。 「日本にお墓ってありますよね? あの隣に刺してある木でできた長いギザギザしたものは……」 「アレは卒塔婆っていうものだ。縁起が悪いから使わない方がいい」旦那さんは必死に首を振った。奥さんは苦笑いしていた。その反応で触れてはいけない領域だったのだと理解した。
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