夜のサーカステント

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 中米の入り口、パナマを2つに割るように存在するパナマ運河は全長82メートルの巨大運河で、大西洋と太平洋を結びつける大きな役割を果たしている。  車窓の外、眼下に広がるパナマ運河は壮麗で息を呑んだ。白い客船やカラフルな箱を積んだコンテナ船がゆっくりと海路を進んでゆく。  ケニーは食堂車の窓から身を乗り出さんばかりにしている私の横で「僕よりパナマ運河の方が遥かに世の中の役に立ってるよ」と死んだ魚のような目でため息を吐いた。 「一体どうしたの、ケニー?」 「ちょっと最近疲れててさ」  疲れているケニーのために、私はちょっとしたサプライズを用意していた。 「ねぇケニー、今日シンディと一緒にランチしてきたら?」 「ええ?!」  シンディは斜め前の席でアルフレッドたちと楽しそうに話している。最近ケニーはやっとのことでシンディと挨拶を交わせるようになった。シンディもケニーに好感を持っているようだし、この際だから2人に距離を縮めてほしいと思ったのだ。 「むむむむ、無理だ!! 彼女を誘うなんて……」 「彼女言ってたわ、あなたのこと優しそうだって。あと、タイプだとも」  ケニーにはあえて今までシンディの気持ちについては伝えていなかった。意識し過ぎてギクシャクしても悪いと思ったからだ。 「ううう嘘だ嘘だ! 君が聞いたのは幻聴か何かだろう。てゆうか彼女には恋人がいないのかい?」 「いないみたいよ。フリーだって。だけど……」  言い淀んだ私にケニーは不思議そうな目を向けた。 「詳しくは分からないけど彼女、何か過去にトラウマがあるみたいなの。今すぐ恋愛って感じでもないのかも。だからまずはゆっくり友達から始めたらいいわ」  ケニーはチラリとシンディの方を見た。 「だけど、2人で食事なんて……」  ケニーはまたぶんぶんと首を振った。 「断られるに決まってる。期待して誘って、断られたときが一番辛いんだ」 「簡単に諦めちゃ駄目よ。言ってたじゃない、変わりたいって。それとも、代わりに誘ってきてあげようか?」  ケニーはじっと俯いて何か考えているみたいだった。私は口を閉じてただ返事を待った。視線の端を青く雄大な運河が通り過ぎて行く。 「分かった、誘ってくるよ」  ケニーは立ち上がり大きく深呼吸をし、シンディの方に歩いて行った。  成長したな、前はシンディと話すことすらできなかったのに。感心して見守っていたらすぐにケニーが踵を返して戻ってきた。 「やっぱり無理だあああ」  落胆してため息が出た。こんなとき文明の力スマートフォンさえあれば、私がシンディの連絡先を聞いてケニーに教え、2人がメールで交わることが可能になるというのに。この頃は以前依存しきっていたスマートフォンのない生活にすっかり慣れていたけれど、こんなとき不便だとつくづく感じる。が、この長期間で女性への免疫を完全に消失してしまったケニーにとっては勇気を振り絞る大切さを知るためのいい機会かもしれない。  そこにタイミングよくシンディがやってきて、アルフレッドとジャンたちと一緒にランチを食べに行かないかと誘った。皆でならケニーも気が楽かもしれない。  私は迷わずOKした。ルチアが珍しく自分も行きたいと言ったので、シンディは笑顔でOKしていた。  雨季と乾季の2つの季節だけが存在するパナマの9月は雨季にあたる。頭上はるか高く曇り空が広がり、じっとりと汗ばむような湿気に気が滅入りそうになる。  ランチはパナマシティのビーチの側にあるレストランでとることにした。椰子の木に囲まれたレストランの名前の書かれたアーチをくぐった先にある白壁の店の店内には、大きなフードコートのような光景が広がっていた。  メンバーは私とケニーの他にシンディとルチア 、アルフレッドとジャンの6人だ。ジャンはずっと身体を動かすこともできずつまらない生活を送っていて、気晴らしに出かけたかったみたいだ。ケニーは「まるでリア充みたいだな」と苦笑いしていたが嬉しそうだった。男女グループで食事に行くなんて、彼にとって予想だにしない展開だろう。  店内は混雑していて待つことを余儀なくされた。そこで、敢えてグループを2つに分けようと提案した。その方が早く席につける可能性があるし、ケニーとシンディを2人きりにするチャンスでもある。他のメンバーは快く賛成してくれた。  間もなく店員が2人用の席が空いたと告げにきた。これはチャンスだ!  「ケニーとシンディ、先に行っていいよ」  ケニーは「ええ?!」と驚いていたが、シンディは不思議そうにしながらもケニーに目配せをした。2人が席に向かうのを見つめながら、心の中でガッツポーズをした。
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