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車両に戻ったらシンディに「ルチアが泣いていたけど、何かあった?」と訊かれた。
ことの顛末を話すとシンディは、「ああ、やっぱりね」と答えを予想していたみたいに頷いた。
「彼女、あなたのことすごく好きみたいだったもんね」
「気づかなかったよ、全然」
この忙しく充実しすぎた毎日のせいか、今までルチアの想いに気づくことができなかった。
「罪な人ね、あなたも。あんな可愛い子を振るなんて」
「すごく良い子だと思うし彼女のことは好きだけど、妹みたいなものなんだ」
「なるほどね〜」とシンディはポケットから電子式の水タバコを出して口に咥えた。ふぅっとシトラスとミントの匂いの煙が唇から吐き出される。
「でも仕方ないわよね、無理に付き合ったってお互いに傷つくだけだもの」
「うん……」
「私ね、付き合った人を2人とも亡くしてるのよ」
シンディの衝撃の過去に言葉を失った。『私の前から消えてしまわない人』その言葉が蘇った。
「1人目は中学のとき。初めてできたボーイフレンドだった。目立つタイプではないけど凄く優しくて素敵な子だった。彼のことが本当に好きだったわ。
付き合って一年したときに、彼が突然いなくなったの。二人で映画を観た帰り、私を家まで送ってくれた。『またね』って家の前で別れてそれきり行方不明に……。町中みんなで捜索して、一週間後に川底から遺体が見つかった。暴行されたような跡もなくて溺死って判定された。自殺の可能性もあると言われたけど、信じられなかったわ。彼は死ぬような人じゃないと思ってた。
でもあとから分かったの。彼、小学校の頃虐めに遭ってたみたいで、中学に入ってからもそのトラウマに苦しんでたんだって、彼のお母さんからお葬式のときに聞かされた。私の前では弱いところを見せたくなくて強がってたんだろうって言われた。すごく悲しかったわ、何で話してくれなかったんだろうって。話してくれたら力になれたかもしれない、何かできたかもしれないって悔やんだ。でも今なら分かるの、話さなかったのは、自分の問題に私を巻き込まないための配慮だったんじゃないかって。彼なりの愛だったんじゃないかって。彼はそういう人だったから」
「そうかもしれないね」
言葉が見つからずにいる私にシンディは軽く微笑みかけた。
「17歳のとき、サーカス学校の男友達と恋仲になったこともあるの。クラウンを目指してる凄く面白い人で、皆のムードメーカーだった。いつも言ってたわ、『僕は皆が楽しければそれでいいんだ』って。彼が言うことに私が笑っているのを見て、優しく微笑んでいるような温かい人でもあった。卒業したら結婚しようって言い合ってた。
でも卒業式の夜、彼ってば酔っ払った親友の車に乗ってどこかに行く途中、事故で死んでしまったの。運転していた子は怪我をしたけど助かった。他の3人の友達もね。彼だけが死んだの。彼の親友には何度も謝られた。共通の友達で私にもよくしてくれていたから、恨むに恨めなかったわ。
私思ったのよ、私は疫病神なんじゃないかって。だって、付き合った人が死んでしまうんだもの」
「それは偶然だよ、たまたまそうだったってだけで、君が悪いんじゃない」
シンディはただ悲しそうに笑うだけだった。
「そうね、そう考えられれば楽なんだけど……。私と付き合った人がみんな死んじゃうって考えたら付き合うのが申し訳なくて、失うことがすごく怖くて、素敵な人からアプローチされても断ってしまってたの」
「そっか……」
「あなたももしかしたら怖いのかもしれないわ、誰かと深い関係になることが。付き合えば、自分自身の痛みも恥ずかしい部分も晒さないといけないじゃない。それか、失ったときに傷つくことを恐れてるのかもしれないしね」
彼女の言うことは的を射ている。私はこれまで漠然と自分を知られることに、自分を晒け出した上相手を失ってしまうことに恐怖を感じていたのかもしれない。でも、私が誰かを本気で好きになれない一番の理由はそれではない気がする。
「そもそも、晒したいと思えるような人と出会ったことがないんだ。少なくとも、付き合った人は皆そうじゃなかった」
「あなたを受け入れられるくらい懐の大きな人がいたらいいわね」
「そうだね」
私は重要なことを今までシンディに伝え損ねていたことに気づいた。
「ケニーも前に死にかけたんだ」
「そうなの?」
「うん、自殺未遂をしてね。ずっと引きこもりで、少し前までは死にたい、死にたいって言ってた。だけど今は外に出て少しずつ立ち直ってる。彼は私が知る中で一番優しい男の人だよ、お人好しすぎるくらい良い人だ。きっと君を幸せにしてくれる。君のためなら死なずにいてくれるよ」
「……ありがとう、前向きに考えてみるわ」
シンディは微笑んだ。彼女のこの返事を今すぐケニーに聞かせてあげたいけれど、ケニーは今頃部屋で寝ているだろう。
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