4. 辛い初体験

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 高校に入ってからも異性には困らなかった。告白してくる相手はいくらでもいたし、幼い頃から容姿を悪く言われたことはなかった。それに関して特段悪い気はしないし、容姿に大きなコンプレックスを持つ他人から見たら幸せに映るかもしれないけれど、内心は複雑だ。私に告白してくる人たちのほとんどは私のことを本当に愛してるんじゃない。スマートフォンにつけるイヤホンジャックのような、アクセサリーのようなものだと思っている。彼らは皆一様に私を人目につくような場所に連れて行きたがり、友達に会うたび自慢したがった。ただ自己顕示欲を満たすためだけに私と付き合っているようにしか見えなかった。私を見せびらかすためにわざわざ友人宅に連れて行っては私とツーショットの、時には私だけ写った写真を撮ってSNSに貼り付けて公開したりした。 『すごく綺麗な彼女だね!』 『こんな可愛い恋人がいて羨ましいな!』  コメント欄に並ぶ無機質なお世辞の言葉たちを眺めながら、満足げに笑う恋人たちーー。  内心、辟易していた。  彼らが本当に愛しているのは、私じゃなくて自分自身だ。私の内面を好きなんじゃなくて外を覆っている容れ物だけを気に入って、それを持ち歩いている自分に価値があるみたいに感じて誇らしいだけ。もしくは、私が恋人であるという状況そのものを愛しているだけなのかもしれない。彼らは自分の力だけでは到底埋めることのできない空っぽの自尊心を、私という存在を利用することで満たそうとしていた。必死に周りの男たちと競うみたいに。私と付き合っている現状が幸せなことなのだと、世界中に知らしめるみたいに。  彼らは本当の私のことなんて一つも知らないし、知ろうともしていなかった。そのくせ『愛してる』『君の全てが好き』と白々しい台詞を吐いては、私の気持ちを繋ぎ止めようとした。まるで別れるまでのカウントダウンの時間を、1秒でも長引かせようとしているみたいでただただ虚しかった。    にも関わらず男子たちの告白にOKしては別れるというパターンを繰り返した理由はというと、単純に断るのが面倒だから。断って相手を傷つけるのが辛いからだ。だけど好きでもない人と空間や時間を共有するなんて、ちっとも楽しくなかった。いつか彼のことを好きになれるんじゃないかという淡い期待は、時間が経つに連れて苦痛と居心地の悪さにかき消された。  いっそ、女になんか生まれなきゃ良かったのかもしれないと何度も思った。男性たちの鑑賞の対象になり、彼らにあからさまに性的な目を向けられる女性という性に、嫌気がさしていたのかもしれない。レイプされるのも、恋人にストーカーされるのも殺されるのも、DVを受けるのも多くは女性だ。もちろん傷ついている男性もいるかもしれないけれど。  いっそ男に生まれたかったとこれまで何度も思った。でもどう足掻いても私は女だった。社会的にも肉体的にもそうだ。男性から性的に見られ選別される対象。男になりたいなんて言う私をボーイフレンドたちは笑ったけれど、私にとって女でいることは苦痛で、すごく疲れることだった。何日かでも男になることができたら、どんなにか嬉しいだろう。  他の女の子たちも、私の気持ちを理解できないみたいだった。純粋に男の子と恋を楽しんで夢中になって、彼と結婚したいとか子どもが欲しいとか夢を見ているみたいな蕩けた顔で口にした。だけど私には彼女たちの気持ちが理解できなかった。    第一、周りの皆が言う好きとか愛してるって何だろう? 自分の時間を削っても誰かと一緒にいたい、会いたい、触れたいって思うことだろうか。だとしたら、私は一度も誰かを心から好きになったことなんてない。これからもないのかもしれないと漠然と思いながら、中学でも高校でも大学でも流されるままに交際を繰り返した。自分が嫌になることもたくさんあったけれど、安心してもいた。スーパーの棚に種類ごとに整然と並べられた商品みたいに、『普通』という枠組みの中に上手く収められているみたいで。    
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