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矛盾してるようだけど、こうやって一人で考えてると、本当にただの夢になってしまいそうで、それもそれで嫌だった。これを防ぐためには、警察に行く前に、誰か他の人に話をして、この事実を一緒に共有してしまうのがいいんじゃないだろうか。
腕時計で時間を確かめると、約束の時間を十分ほど過ぎていた。真美は普段から、そういうルーズなところがある。
午後二時を回ったコメダの店内は、その煩雑さが多少は落ち着いてきていた。二階の窓から、三軒茶屋の街並みが見える。
と気づいたら、ゴメンゴメン遅れて、って言って真美が向かいの席に座っていた。今日もあっついねー、なんて言って、ハンディファンで顔に終始風を送りながら、注文を取りにきた店員さんに、えーっと、アイスカフェラテ一つ、なんて言っている。
「……でーー? なんだっけ、相談って」
私はひとしきり、店内を見渡した。べつにそうしたからって、なにか確固とした現実感がーーいますぐ取り戻せる、ってわけでもない。
でもさしあたって、これから「ネギ女」の話をするためには、ついそうせずにはいられなかったのだ。
「……ねえ(笑)。それさあ、ほんとに?」
ひとまず最後まで私の話を聞いたあとで、真美は疑い深げに苦笑いしながらそう聞いた。
「うん。本当」
話してるあいだ、私は繰り返し、湿布を貼ったシクシク痛む右膝をさすっていた。
「でもさあ……なんでその人、ネギなんて持ってんのよ」
「知らないよ、そんなの」
私は肩をすくめた。真美は半分からかわれてるのか、っていうような、そんな顔して首をかしげてる。
っていうか、そんなわざわざ友達呼び出して作り話を披露して、得意になるほどヒマなわけないじゃない。
「マジで、本当に怖かったんだから」
「でーーなに。最後にあんたに向かって、『覚えてろ』って、何度も繰り返し叫んでた、と」
「……そう」
コワッ、って真美は、一言つぶやくように言った。そのいかにも他人事、って感じがなんだかイラっとするし、余計に不安をかきたてる。
「ねえ、いったいどうしたらいいと思う?」
真美は一計を案じたかのように、両手をポン、と叩き合わせると、手元のスマホを取り上げた。
「つーか敦子もニブいねえ。わたしたちZ世代の秘密兵器があるじゃない」
「なにそれ」
「三軒茶屋、ネギ女、とかって検索してみればーー何かそこから出てくるかもしれないじゃん? もうやってみた?」
「……まだだけど」
さっそく真美は、ツイッターのアプリを開くと調べ始めた。上下に繰り返しスクロールする、その両目をじっと上目で見つめていると、
「ほーら、やっぱり」
と言いながら、私にその画面を見せた。いくらか興奮してもいるようだ。
見ると確かに、「ネギ女」のハッシュタグがついた、無数のツイートが飛び交わされていた。私も慌てて、自身のアカウントで確認してみる。
ていうか、もちろん自分でも、やってみようかな、と思わないでもなかったけどーー正直こんなの、怖くて一人じゃとてもできなかったのだ。
「え。待ってなにこれ。どんどん出てくるよ。最近三軒茶屋で有名な都市伝説、だって」
……都市伝説。
「……そのネギ女は、ナニワのおばちゃん風の格好をしており、色黒で額が広く、ときにその額で強烈な頭突きを遭遇したものに食らわしてくる、だって。ねえ、あんた頭突きされたの?」
「……頭突きはされてないけど」
「(笑)ていうかナニワのおばちゃん風、ってなに。アメちゃんでもくれそうってこと?」
吹き出しながら、それらのツイートをテーブルに頬杖して楽しそうに眺めてる真美を見ていると、なんだかだんだんイライラしてきた。
確かに、都市伝説、って最近? よく聞く言葉で、「ネギ女」なんて話は、その枠の中にすっぽりとはめ込むのには、まさにうってつけなんだろうけど。
でもそれでは、私はとうてい納得がいかないのだ。
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