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都市伝説、という語感からは、現実にはありえないもの、存在しないもの、かつて存在したのかもしれないけど、すでにはるか昔の過去になったものーーそんな印象を受ける。
でも、私が体験したのは、そんなものではなかったのだ。
まさに、目の前にありありと現れ出た、そういうたぐいのものだった。
だいたい、仮にあのネギ女が都市伝説なんだとしても、よりによってなんでこの私が、そんなものに巻き込まれねばならないのか?
……とつおいつ、そんなことを考えてると、真美がねえ、って突然高い声を上げて目を丸くした。
「これ見て」
差し出してきたスマホの画面に、目を凝らす。するとそこには、
「ブスでデブだから、きっと男に縁のないことへの腹いせだ」
というツイートがあった。
「……てか、これだけじゃないよ。似たようなのがたっくさんある」
ねえ、そいつってどれくらいブスだったの、って真美が、画面をスクロールさせながら聞いてきた。なにも答えないで、ただ黙って横を向いてる私の顔を、今度はうかがうようにじっと見てる。
…… ブスでデブだから、きっと男に縁のないことへの腹いせだ。
なんか急に胸がドキドキしてきて、息が詰まりそうになった。そして芋づる式に、淳とのあれこれを思い出してしまう。やめようと思っても、やめられない。
……ブスでデブだから、きっと男に縁のないことへの腹いせだ。
するとそのうち反対に、今度は恐ろしく強い不快感に、私はとらわれだした。
「ねえ、思うんだけど、このことって私に言うよりさあ、その例のあんたの彼氏に相談した方がいいんじゃないの?」
氷が溶けてしまって、水のうわ澄みばかりになってしまった自分のマンゴージュースに口をつけた。でも、おいしくもなんともない。
「……」
「いま現在、本当にあんたのことを想ってるんだとしたらさ。困ってるあんたの力になってくれなきゃウソじゃない。彼氏なんだったらさ」
……もうやめて。マジで虚しい気分になってくる。
まさか、あの淳が、目下の自分の力になってくれるとは、とうてい思えない。
私はその可能性を、きれいさっぱりと切り捨てた。
「……ねえ」
「なに」
真美がいじわるな顔をしてみせる。
「あのネギ女、私に『覚えてろ』って何べんも叫んでたんだよ。てことはさ、また出くわすことになるかもしれないじゃない。そうしたら私、いったいどうすればいいんだろう」
真美のフッた、その淳の話をガン無視した、ってことは、私と淳の関係はいまや絶望的、ってことを、無言のうちに認めることにもなりそうだったけど、それはもうしょうがない。
「うーん……あ、ていうかさ、そのネギ女とあんたの彼氏って、何か関係はないの? それこそ昔、何かあっただとか……」
イヤなところを突かれて、私はとたんにうつむいた。
その可能性も、当然ザッとは考えたのだ。
「……ない、とは思うんだ。だって私、その人の顔初めて見たんだもん」
正直、歯切れの悪くなってる自分を感じる。
だって私が知らないだけで、向こうはこっちを知ってる、ってことは、十分ありえるからだ。
真美は腕組みして、しばらく考え込んでいた。それから、自分がもう少し、あんたと家が近ければね、とひとりごちる。
「それはしょうがないよ」
「だったら……やっぱりあんたも、何かで武装するしかないんじゃないの」
「……はあ??」
いたって真顔で、平然と真美の口にしたその言葉が、あまりに唐突、と言うか意外だったので、私はしばらく耳を疑っていた。
でも向こうは、いぜん真剣なのだ。
「ちょっ。待っ。武装、ってどういうこと?」
「あんたの一方的に大好きな彼氏に助けを求めることもできない。だからって、いまの時点で警察に通報しても、絶対相手になんてしてもらえないでしょ。だったらどうするの」
「……」
「自分の身は、自分で守るしかないじゃない。ねえ敦子、あんた歳いくつなの?」
「……二十五ですけど」
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