第六話

1/5
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ

第六話

うだる暑さの中、京子と小波が百段階段下の商店前のベンチに座って、アイスをぺろぺろデート中だ。 「京子ちゃん、今日はなんでスクールバック持って来たの?」 夏休みだというのに京子はスクールバックを持ち歩く時がある。 「貴之に宿題を教えてもらおうと思って、勉強道具はスクールバックに入ってるから」 「えらいなぁー京子ちゃんって本も持ち歩いてるよね。今日は何読んでるの?」 「今日はね」 京子が食べきったアイスの棒をごみ箱に捨てて、スクールバックを開けた。 読みかけの本を出そうとすると鞄の底からペッタンコに潰れた煙草の箱が出て来た。 煙草の箱を取り出すと、小波がそれにすぐ気がついた。 「いまだに京子ちゃんが煙草吸ってたの意外過ぎるんだけど、なんでだったの?」 小波が食べきったアイスの棒を口にくわえて、京子に興味を示す。 京子はペッタンコになった煙草の箱を見て、眉を下げた。 「貴之と一緒にいたかったの」 「え?!なんで貴之??」 小波が京子の肩に手を置いて前のめりになる。京子は両手の指先で鼻から下を覆って隠し、頬を桃色にした。 暑さのせいではないことが、小波にでもわかった。 「貴之のこと、その」 「好きなの?!」 京子がコクンと静かに肯定すると、小波は興奮して立ち上がって空にガッツポーズを捧げてしまった。 「両想いじゃん!!」 「え?そんなことは、ないのよ。小波」 「え?!」 京子が貴之の気持ちを把握していないことに、小波はまた仰天した。 京子はペッタンコの煙草の箱を握り締める。 「中学生くらいから、貴之が急に街で遊ぶようになって。ナンパして夜遊びしてるって蘭から聞いて」 小波は口をあんぐり開けた。おい、貴之、クズほんと何やってんだ。 「女の子といっぱい遊んでるみたいで、私失恋したのよ」 おいおいおいおいどういうことだよ。小波は貴之の破天荒情報について行けなかった。 ずっと京子が好きって先日聞いたばかりだが? あ、そういえばこれには事情がとか言ってたような気がするが、何があろうとクズ情報にしか聞こえない。 「煙草吸う時だけは、無条件に一緒にいられたから。吸ってたの。煙草なんて全然好きじゃなかったけど」 貴之が好きだから。 と続きが聞こえた気がして小波は京子を抱きしめる。 「健気か!!」 京子からはもう、全く煙草の匂いなんてしなくて、シャンプーのいい香りがする。 「貴之に一歩踏み込む勇気がなくて、煙草なんてものに頼ってたの」 京子は小波の背中に手を回してクスクス笑った。 「でも、小波がみんなで遊ぶ時間を作ってくれたから」 京子は小波のハグを終えて立ち上がり、煙草を商店前のゴミ箱にポイと捨てた。 「もうこんなのいらないわ」 京子がメガネの奥の細い目で綺麗に弧を描く。 「ありがとう、小波。私たちの酔ってた日常を変えてくれて」 「やりたいことリストをできるようになったのは、蘭と京子ちゃんが乗ってくれたからだけどね!」 小波がニッカリ笑ってピースサインをする。小波がやりたいことリストを始めた理由は蘭に悔いなく過ごしてもらうためだ。 だが、やりたいことリストを続ける中で、京子が煙草なんて捨てられたならそれは喜ばしいことだった。 「やりたいことリストでいーっぱい遊ぼう!」 「ええそうね。夏休み、とっても楽しいわ!」 下宿でダレているだろう蘭と貴之にお土産のアイスクリームを買って、二人は商店を後にした。 百段階段を上って、下宿に帰ろう。  
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!