第四話

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夕暮れまで遊んで、夕日が照りつける堤防の上を小波と蘭が並んで歩いていた。 貴之と京子はとっくに前を歩いて行ってしまっている。 陰が堤防を伝って長く伸びた。 「お前ギャーギャーうっせーんだよ、耳潰れるわ!」 「だってあんな高い所から海に飛び降りたら死ぬじゃん?!」 「生きてんじゃんおめでとう」 「しかも頼んでもないのに抱き上げて!死ぬ!」 蘭が耳に小指をつっこんで、鼻で笑う。 「あんな高さ小学生でも飛べるっての」 「田舎っ子の自然スキル激高だから!都会っ子に押し付けないでよ!」 「だから抱いてやっただろうが」 「エロい言い方しないで!助かりました楽しかった!」 ギャーギャー言い合って最後にはケタケタ笑いあった。小波は笑っていたが、水着で素肌の蘭とお姫様だっこダイブしたことを思い出しては顔が熱い。 今は夕日のおかげで赤い顔なんてバレないが。 顔を両手でパシパシ叩く小波の前で、蘭が堤防からピョンと道路側に跳び下りてしまった。小波は目を丸くする。 「いや、ぴょんじゃないよ! どうやったらそんな軽やかにこの高さの堤防から下りられんの??忍者?」 「俺、デカいから余裕」 小波は蘭の忍者加減に逆にドン引きである。はるか前の方で、貴之もぴょんと堤防を下りるのが見えた。 貴之の差し出す手を取って、京子も軽々飛び降りる。 小波が田舎っ子の潜在能力について考えていると、堤防の下で蘭が両手を広げて待っていた。 「小波、早く来いよ」 「は?!私にも飛び降りろって?ムリムリムリ」 「受け止めてやるからヘーキヘーキ」 「怖い怖い怖い怖い」 「だーいじょうぶだって!俺デカいから」 「根拠そればっかじゃん?!」 「ほら、やりたいことはすぐにやれ、だろ?」 「別に私は飛び降りたくはないよ?!」 蘭が有無を言わせない態度でほらほらと言い続ける。小波は息を飲んだ。 結構高いよ?小波はまず堤防に腰を下ろして高さを調整する。 「え、これでも高いよ?」 「めんどくせぇな早く来いって」 蘭が堤防に足を引っかけて、小波の腕を引っ張る。 「うきゃ!!」 強制的に堤防から降ろされた小波を、ポスンと蘭の胸が抱きとめた。 蘭に抱きとめられた小波は頭が真っ白になってしまった。 「ほら、平気だろ?」 大きな手のひらが小波の後頭部を、一瞬ぐっと胸に抱きよせた。 (え、あ、抱きしめられた?!) 大きな手の圧に抱きしめられたと錯覚を起こしてしまう。 小波の顔の血流が大洪水警報だ。夕日でもごまかせないほど赤みが一気に増した。 蘭がさらっと離れて行って、堤防の上に残された小波の荷物をひょいと取って来た。 「行くぞー?」 小波が赤い顔で地面を見つめ、動揺を噛みしめてぷるぷるしている。 小波の頭をぐしゃぐしゃ撫でた蘭が、わざわざ腰を折って顔をのぞき込む。 伺う蘭の上目遣いに、小波の胸がドクンと跳ねた。 「お前、顔赤くね?熱中症だったらヤバいな」 小波の手を勝手に大きな手の平で奪って、蘭がすたすた歩いて行く。 (ちょ、ちょっと待ってよ) 小波は手を繋いで引っ張られ、蘭の大きな背中をおぼつかない足取りで追う。 鼓動ばかりうるさくて、言葉が出てこない。 (こ、こんなのは困る) 海で触れた蘭の素肌。 抱きしめられた感触。 力強く奪う大きな手。 次々重なる蘭への意識に、小波は熱くなるのが止まらない。 (こんなのは、困るの) 小波はおしゃべりな口を閉じて、主張し続ける胸の鼓動を感じた。 (うるさいよ、ドキドキ止まって、お願い) 立ち止まった蘭が振り返る。 「家まで歩けるか?」 (友だちとして悔いのないようにしたかっただけだよ) 夕日の中で、蘭の頭の上の数字が着実に減っているのを小波は目の当たりにしてしまう。 (こんな目と生きて来たんだよ? 友だちとはうまく距離とってきたじゃん。 踏み込み過ぎない。 そういうの得意じゃん!) 小波は唇を噛みしめた。 (友だちにドキドキするなんて、 こんなの私らしくない) 「マジでしんどそうじゃん。 お前テンションも体調もジェットコースター過ぎだろ」 手を握り直して、蘭が歩き出す。 (もうすぐ死ぬ人()を好きになったりしたら、私、どうなっちゃうの?) 夕日の中で、小波は言葉を失ってしまった。  
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