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小波が時計を見れば20時を回っていた。
「あれ、こんな夜に誰だろ?Amazones注文してたかな?」
「もしかして、里緒菜じゃないかしら?」
「あーそうか。夏休みだからな」
蘭が立ち上がり率先して玄関へ歩いていく。その後ろを3人でゾロゾロついて行った。
蘭が引き戸の玄関をガラガラ古い音を立てて開ける。
するとそこには、田舎にいると場違いなほどに洗練された美少女が立っていた。
ヒラヒラ清楚ワンピースにミュールを着こなしている。
これから代官山にお出かけですか?
「こんばんは、蘭ちゃん」
「里緒菜、帰ってたのか」
京子と貴之も順番におかえりと声をかけると、完璧な可愛さで里緒菜が微笑んだ。
小波があまりの可愛さに見惚れていると、ばっちり大きな瞳と目が合った。
「蘭ちゃん、あちらの方は?」
「ああ、小波、春からの山村留学生」
「あ、今回の方は女の方だったんですね。知らなくて」
貴之に背中を押されて、小波が蘭の隣に立つ。
「あ、小波です!よろしくお願いします!」
小波が深々お辞儀をすると、里緒菜もきちんとお辞儀を返した。
「蘭ちゃんの隣の家に住んでる里緒菜です。村外の高校に通っているので、ご挨拶遅れてごめんなさい。小波先輩」
「せ、先輩?!」
「里緒菜は高1。ついでにテテも」
「テテ?」
玄関の外には、ヒョロっと背の高い男の子が立っていた。前髪がぶ厚過ぎてまるで目が見えない。
小波はこの瞬間までテテの存在にまるで気づかなかった。
「テテって名前、韓国人?」
「手塚哲郎で、テテ。俺がつけたあだ名」
「あ、あーどうも、テテ君?よろしくー」
小波が声をかけるが、テテから返事はない。
京子が小波にコソッと教えてくれる。
「テテは里緒菜としか喋らないのよ。私たちももう何年も話してないわ」
「マジか」
こんな田舎で一人としか喋らないとは、精神が謎過ぎる。里緒菜依存症?
「噂ではテテの鞄の中には里緒菜護衛用のスタンガンが入ってるらしい」
「完全にSPじゃん」
京子がただの噂よとクスクス笑った。玄関では里緒菜が蘭に箱を渡している。
「蘭ちゃん、マフィン作ってきたの。良かったら」
「ドーモ」
蘭がそれを遠慮せず当然と受け取った。
「良かったら小波先輩も食べてくださいね」
「え、いいの?!ありがとう里緒菜ちゃん!」
里緒菜は可愛さの集中体かと思うほど後光を照らしながら、テテをつき従えて帰って行った。
その様子はどう見ても姫様と従者だ。
小波はまだ里緒菜の可愛さに目がチカチカしていた。
「里緒菜ちゃん、可愛すぎない?」
「お嬢様なんだ。村長の娘で、鬼偏差値高い村外の高校で寮生活中。テテも一緒に」
蘭が居間に戻るのも待たず、歩きながらすでにマフィンをかじっている。お行儀がなってない。
「そうなんだ。テテ君ってまるっきり従者に見えたの私だけ?お二人の関係は?」
「アイツら許婚ってやつ」
「えぇえ?!今時そんなのあるの?!」
「田舎だからな」
小波が慣れない田舎の婚約事情にびっくり仰天している口に、蘭がマフィンを突っ込む。
「なにこれうまい!」
「だろ?」
蘭が自慢げにニッカリ笑う隣で、京子が貴之に話を振った。
「里緒菜たちの鬼偏差値高い高校、貴之も行けばよかったのに」
貴之が片眉を上げ、京子に苦笑いしてから首の後ろをかいた。
小波は口の中でマフィンをごっくんしてから、聞き慣れないその話題にも参加する。
小波はここに来てまだ3ヶ月。知らないことがたくさんある。
「え、貴之って頭いいの?ただのヘタレクズなのに?」
「小波ちゃん、口縫ってもいい?」
4人で居間に戻り、小波は里緒菜作のマフィンをおかわりする。4人で次々に手を出す。
「さすが里緒菜、うっま」
「ヤッバ、なにこれ売り物??里緒菜ちゃん天才じゃん」
「相変わらずの腕だね」
「ほんと里緒菜の『蘭ちゃんのためのお菓子作り』には頭が下がるわ」
「蘭のためなんだコレ?」
「里緒菜は俺のこと大好きだからな」
貴之が深くため息をついて、マフィンを半分割って蘭に渡す。
貴之が渡したマフィンを蘭は一口で口に入れた。
「わかってるなら応えてあげたら?いい加減」
「は?俺、里緒菜のこと別に何も思ってねぇし、テテいるじゃん」
「それなら、お菓子はもう貰わないとかしたら?」
「お菓子に罪はないだろ」
小波はキョトンと京子を見た。小波の視線に、京子は肩をすくめて小波に囁く。
「蘭ってこういうとこ雑で、グズなの」
小波はマフィンを無理に飲み込んだ。
マフィンはなぜか、さっきより胃に重い。
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