第一話

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思わず取り乱したせいで、小波は同期全員から無事「おかしい人」のレッテルを貼られた。 小波は下宿先の歴史ある日本家屋台所で、カップラーメンにお湯を注いでいた。 本日の失態の反省と、薄命ヤンキー、蘭の取り扱いについて考えている。 「ハァ、なんのためにこんなド田舎に山村留学してきたと思ってんの」 小波は居間の真ん中に置かれたちゃぶ台にカップラーメンを置いて、どすんと脱力して座った。 「人の余命にワタワタしたくないからここに来たのに」 小波はテーブルに肘をついて両掌で顔を覆った。 「余命なんて気にせず青春したかったのにぃいい!」 小波は物心ついたころから人の頭の上に堂々と人の「余命」が見えていた。 あと10年生きる人にはだいたい365日×10年で3650と出る。実際はうるう年とかあってズレるけど、大体ね。 小波の家で代々受け継がれている呪いの目で、この度、小波の目が選ばれた。 誠に不名誉である。 親から聞いたところ、この余命が視える目は「死神の目」と呼ばれている。花の女子高生の目になんて野暮ったい名前つけてくれるんだ。 でも確かに、これは死神の目だった。 祖父母が死ぬ日もきちんとわかっていた。親から余命がわかっても誰にも言うなとキツく指導された。 そりゃそうだ。 誰も自分が死ぬ日なんて知りたくない。 そんな目と共に生きてきた小波はうんざりしていた。 混んだ電車の中、教室にみっちりつまった生徒たち、ひとたび外に出れば人、人、人の海。 どこに行っても余命の数字が吐きそうなほど目に流れ込んでくる。 若くして「1」の数字を頭につけた人とすれ違った日なんて堪らない。 友だちのお兄さんが余命半年なんて知ったら、その子からはそっと離れたくなる。 近所の赤ちゃんに「1」の数字がついていたら、息もできない。 胃が縮まる想いを何度したことか。 小波は人が密集し過ぎて、余命息苦しい都会から逃げるために、 このド田舎の限界集落に山村留学してきた。 「同期がたった3人」の高校と聞いて、飛びついた。 こんな目なんて気にせず、楽しく青春したかった。 だから、ウキウキ留学した高校で同期の寿命があと365日!の事実に慌てふためいてしまった。 だって、うちの親でもまだ35年くらい生きるんだよ? なのに、なんで同期が365日。 しかもたった3人のうちの1人が?! 「私、運がなさ過ぎる」 小波はできあがったカップラーメンのフタを開けた。 「いや、ごめん。運がないのはアッチか」 魅惑の香りを嗅いだ小波は思考を停止する。 余命が見えたって、 小波にはどうすることもできない。 人は死ぬものだから。 見て見ぬふりして過ごすしかない。 こんな無粋な目と共に生きていくにはそう結論づけるしかなかった。 カップラーメンを一口すすろうとすると、ぬっとキッチンに人が現れた。目を上げるとその人物と目が合った。 今朝も思ったが、身体大きいな蘭。 「え、なんでここに?」 「ここ、俺の家。山村留学生はいつも俺んちで下宿」 「そうだったの?!え、でも昨日帰ってこなかったじゃん?!」 蘭はふふんと金髪を手でかき上げて、無駄なキラキラスマイルを見せた。 「俺、街のお姉さんたちに帰らないでって言われる日々だから。悪いな」 「あ……ヤリチンクズ、察し」 「お察し正解!俺が帰らなくて下宿一人で寂しかっただろ?」 下宿先には「蘭」という子がいると前情報はもらっていた。 わーい女の子と仲良し下宿ー!と思っていたが、大層でかいヤチリンクズ男だった。 小波は勘違いに顔をヒクつかせた。 「深夜にラーメンかよ?太るぞ」 「食べる?」 にやりと歯を見せて笑った蘭は、よこせよと手を出して小波の前に座った。 「小波のダイエット手伝ってやるよ」 朝さんざん取り乱した小波の名前を、蘭が覚えているのは意外だった。 ヤンキーって人の名前覚えるんだ。 しかも呼び捨て。 距離感それでいいんだ? ははーん、人懐っこいからお姉さんにモテるんだな? 「まだ食べてないから全部あげる」 小波はカップラーメンを全部差し出した。 あと365日で死ぬんだから、不摂生どんとこい。 好きなだけ好きなもの食べた方がいい。 あ、いや、別にお姉さんは食べ放題じゃないけど。   
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