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蘭が上半身を全部押し入れに突っ込んで中を捜索し続けている。
「蘭の浴衣が居間にあるの?部屋じゃなくて?」
「親父の探してる。俺のもう丈短いから」
「あ、蘭パパの」
小波は押し入れの前に座って、蘭の腰を眺めた。
下宿して3ヶ月以上たつが、下宿に蘭の親が現れたこともなければ、蘭から親のことを聞いたのも初めてだ。
「蘭のご両親は何をしてる人なの?」
蘭が一つの木箱を引っ張り出して、押し入れから出て来た。三角座りしている小波を蘭がジッと見つめる。重そうな口だった。
「両親とも医者やってる。海外の難民キャンプで」
「え、めちゃくちゃ尊い人じゃん。すごいね」
蘭は胡坐をかいて木箱を開けると、紺色の浴衣が収められていた。ビンゴだ。
蘭が浴衣を広げて、眺める。
「そう、ご立派でな。ご立派過ぎて俺が中学入ったくらいから全く家にいねぇ。別に困ったことねぇけど」
蘭の不貞腐れたような重い声に、いろんな思いが乗っていることに小波は気がついた。
「そりゃあ、寂しかったね」
「俺は一人でヘーキ。難民さんの方がどう考えても大変だろ」
「それはまあ、そうかもだけど」
立派過ぎる両親を尊敬していても、子ども心に寂しい気持ちがいっぱいあったんじゃないか?と小波は推測してしまう。
両親の仕事を尊敬しているからこそ、帰って来てって言えなかったんじゃないだろうか。
(蘭の女遊びは寂しんぼの裏返し、だったのかな)
小波も蘭が持つ浴衣の端を引っ張って広げた。大きい浴衣だ。蘭パパも随分ガタイがよさそうだ。
「でも蘭は大事にされてるよね」
「は?お前に何がわかんだよ。勝手なこと言うな」
蘭と小波で浴衣を引っ張り合う。蘭が眉を歪めたが、小波はクスッと笑った。
普段は怪獣みたいにゲラゲラ、きゃらきゃら遠慮なく笑う小波が、たまに見せる達観した女のクスッと。
この落差に、蘭はつい目を奪われてしまう。
「蘭の家を山村留学生の下宿にしたのは、ご両親でしょ?」
「俺に何の相談もなくな」
「きっと、蘭が1人で寂しくないようにしたんだよ」
「は?」
蘭が目をぱちくりさせると、目から鱗が落ちた。
「最近、街のお姉さんところ、全然行かないよね。
山村留学生の小波さんと遊ぶから、寂しくないんでしょ?」
ニッカリ笑った小波は蘭から浴衣をひったくり、蘭の肩に蘭パパの浴衣を羽織らせた。
「蘭のご両親の
『一人息子が下宿生と楽しく過ごせばいいな作戦』は、
大成功だ!」
蘭は口をぽかんと開けて、小波のキラキラした笑みに釘づけだ。
両親は息子より、
大義が大事なんだと思っていた。
誕生日も正月もクリスマスも、小さなころから約束をすっぽかされたことなんて数えきれない。
でも両親の仕事は世の救いだと理解していたから。
ご立派な両親の邪魔になりたくなくて、蘭は素直に甘えることをしなくなった。
寂しいだなんて、
意地でも言ってやらなかった。
でも、こんな近くに「両親が蘭を想っている証」があったなんて。
蘭は初めて気がついた。
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