第六話

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蘭が上半身を全部押し入れに突っ込んで中を捜索し続けている。 「蘭の浴衣が居間にあるの?部屋じゃなくて?」 「親父の探してる。俺のもう丈短いから」 「あ、蘭パパの」 小波は押し入れの前に座って、蘭の腰を眺めた。 下宿して3ヶ月以上たつが、下宿に蘭の親が現れたこともなければ、蘭から親のことを聞いたのも初めてだ。 「蘭のご両親は何をしてる人なの?」 蘭が一つの木箱を引っ張り出して、押し入れから出て来た。三角座りしている小波を蘭がジッと見つめる。重そうな口だった。 「両親とも医者やってる。海外の難民キャンプで」 「え、めちゃくちゃ尊い人じゃん。すごいね」 蘭は胡坐をかいて木箱を開けると、紺色の浴衣が収められていた。ビンゴだ。 蘭が浴衣を広げて、眺める。 「そう、ご立派でな。ご立派過ぎて俺が中学入ったくらいから全く家にいねぇ。別に困ったことねぇけど」 蘭の不貞腐れたような重い声に、いろんな思いが乗っていることに小波は気がついた。 「そりゃあ、寂しかったね」 「俺は一人でヘーキ。難民さんの方がどう考えても大変だろ」 「それはまあ、そうかもだけど」 立派過ぎる両親を尊敬していても、子ども心に寂しい気持ちがいっぱいあったんじゃないか?と小波は推測してしまう。 両親の仕事を尊敬しているからこそ、帰って来てって言えなかったんじゃないだろうか。 (蘭の女遊びは寂しんぼの裏返し、だったのかな) 小波も蘭が持つ浴衣の端を引っ張って広げた。大きい浴衣だ。蘭パパも随分ガタイがよさそうだ。 「でも蘭は大事にされてるよね」 「は?お前に何がわかんだよ。勝手なこと言うな」 蘭と小波で浴衣を引っ張り合う。蘭が眉を歪めたが、小波はクスッと笑った。 普段は怪獣みたいにゲラゲラ、きゃらきゃら遠慮なく笑う小波が、たまに見せる達観した女のクスッと。 この落差に、蘭はつい目を奪われてしまう。 「蘭の家を山村留学生の下宿にしたのは、ご両親でしょ?」 「俺に何の相談もなくな」 「きっと、蘭が1人で寂しくないようにしたんだよ」 「は?」 蘭が目をぱちくりさせると、目から鱗が落ちた。 「最近、街のお姉さんところ、全然行かないよね。 山村留学生の小波さんと遊ぶから、寂しくないんでしょ?」 ニッカリ笑った小波は蘭から浴衣をひったくり、蘭の肩に蘭パパの浴衣を羽織らせた。 「蘭のご両親の 『一人息子が下宿生と楽しく過ごせばいいな作戦』は、 大成功だ!」 蘭は口をぽかんと開けて、小波のキラキラした笑みに釘づけだ。 両親は息子より、 大義が大事なんだと思っていた。 誕生日も正月もクリスマスも、小さなころから約束をすっぽかされたことなんて数えきれない。 でも両親の仕事は世の救いだと理解していたから。 ご立派な両親の邪魔になりたくなくて、蘭は素直に甘えることをしなくなった。 寂しいだなんて、 意地でも言ってやらなかった。 でも、こんな近くに「両親が蘭を想っている証」があったなんて。 蘭は初めて気がついた。   
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