第六話

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「蘭、今日の浴衣の写真、両親に送ってあげようね。きっと喜ぶ!」 小波はスマホで蘭が浴衣を羽織った写真を何枚も撮って、またクスッと笑った。 小波が笑うと、蘭に巣くっていた寂しさがジワジワ埋まっていく。 そんな心地よい感覚に、蘭は満たされていってしまう。 「蘭はさ、両親に会いたいって、やりたいことリストに書くべきじゃん?」 「うっせ!そんなガキみたいなこと書けるか!」 「全然ガキっぽくないよ?大人になると、許せることもあるんだよ。 逆に成長だから!」 小波はニヤリと悪戯顔で、ちゃぶ台の上のやりたいことリスト表に手を出した。 「私が書いといてあげるね!やりたいことはすぐにやれ!」 小波がリストに書き込もうとする手を、蘭が慌てて止める。 「ヤメロっての!」 蘭が勢い余って力づくで手を引っ張ると、振り向いた小波と蘭の顔が思ったより近い。 10㎝もない距離に、はたと二人で見つめ合ってしまった。 「「あ」」 小波の顔が一瞬で朱に染まったのを見て、蘭もつられて赤面してしまう。 「バッカ、こんくらいで照れんなよ処女が!つられたじゃねぇか!」 「い、いやいや!処女は美徳であって悪いことじゃない!」 小波が減らず口を叩こうとすると「ビー」と古いチャイムの耳障りな音が鳴った。 蘭が小波の手を離して、玄関へ足を向ける。 小波は脱力してへたり込んだ。 (いっつもいきなり距離感バグやめろし!!) 蘭がガラガラ引き戸を開けると、浴衣に身を包んだ里緒菜が立っていた。 里緒菜が首を傾げる。 「蘭ちゃん、顔が赤いですけど熱が?」 「いや別に、なんもねぇよ。どうした?」 「そうですか?今日のお菓子をお持ちしました」 「ドーモ」 里緒菜から日参のお菓子をもらって、蘭が話を逸らす。里緒菜は蘭の不審な態度を見逃さない。恋する女の勘はバチンと当たる。 (あの女のせい?) マニキュアを綺麗に塗った爪を手の平に食い込ませてこぶしを握る。 将来を誓ったのは、この里緒菜よ? 「あの、蘭ちゃん。神社の約束を、覚えていますか?」 「神社の約束?」 蘭は里緒菜からもらったドーナツを早速かじって、貴之の言葉を思い出す。待ち合わせは18時に神社だ。 「ああ、覚えてるけどそれがどうかしたか?」 大輪の花が咲く笑顔を見せて、里緒菜は返事に満足した。 「いえ、確認したかっただけです。蘭ちゃんが忘れるはずありませんよね。 では私、運営側として参加しますので、祭りお楽しみくださいね!」 ゴキゲンになった里緒菜は玄関前で立っていたテテを従えて、帰っていった。テテはぶ厚い前髪の向こうからジロリと蘭を一瞥したが、蘭は気づかない。 里緒菜とテテが去った玄関で、蘭はドーナツ片手に座り込んだ。 (小波と顔近かったくらいで照れるとか……らしくなさ過ぎだろ俺。童貞かよ) 間近で見た小波のテレ顔を想うと、ため息が漏れた蘭だった。     
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