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第七話
この田舎では非常に珍しく、ざわざわ人の群れる音が神社に響く。小波がりんご飴を片手に京子の腕にしがみついている。
「京子ちゃん着付けありがとうー!」
「小波と蘭だけじゃ、絶対着付けできないと思ってたのよ」
「だから京子ちゃん急いで帰ったんだ!賢い段取り美人!」
「二人で帯に絡まってるとかバカの所業だよ?」
「貴之、お前だって着付けできるくせに、なんで京子のフンやってんだよ。
俺らの能力を勘定に入れろバカ」
「バカ認めるのやめてよ蘭。私が恥ずかしいじゃん」
蘭と貴之がお互いの胸倉をつかみ合って、頬をヒクつかせる。
じゃれてる二人を置いて小波は齧ったりんご飴の反対側を京子にあーんしていた。
京子のあーん唇に視線を奪われた貴之は、蘭に肩と肩をくっつけてコッソリ耳打ちする。
「京子と二人にしてくれないか?」
「いい加減、告るんなら協力してもいいけど」
「あ、いや、それはなんていうか計画中なんだけど、デートしたいってか」
右手の指先と左手の指先を突き合わせて、貴之がモジモジしだすので蘭が吐きそうな顔をした。
野郎がモジモジとか吐き気しかない。
「デートくらい誘えヘタレクズが」
「うるっさいなぁ、わかってるよ」
こいつピアスバシバシ開けて、街でヤリチンですよ感を気取っているが、
女遊びなんてナンパくらいしかしたことのないヘタレ野郎だ。
中学生の時に文学にハマっていた京子が「悪い男いいと思うの」と呟き、貴之が勝手に酒、煙草を嗜み、女遊び風をふかし始めた。
「街で女の子に声かけるなんて簡単なのに、京子にだけデートすら誘えなくて。僕らしくない」
「らしくねぇ、か」
最近の蘭は「自分らしくない」ことに、身に覚えがある。
以前は全くわからなかった貴之の戯言にも耳を傾けてしまう。
「恋なんてしたら、自分らしくないことばっかりだよ」
小波が浴衣でりんご飴を食べているの見ると、蘭は無意識に頬が上がった。
(小波は浴衣、似合うな)
京子が隣に立っているのに、蘭の目に入るのはキラキラ笑う小波だけだ。
蘭は片手で金髪をガシガシと雑にかいて、ため息をついた。
(って、またらしくねぇこと思うだろ?
もう何回目の「らしくねぇ」だよ)
「蘭ー!早く行こうよー!」
小波が蘭を手招きしてぴょんぴょん跳ねて呼んでいる。
足が自然と前に出ようとしてしまう。蘭はふと、勝手に前に進もうとする足に気がついた。
(あーそうかよ)
小波の側が心地いいと身体が知っていて、それを無意識に欲しがる。
もっと側にいたくなる。
(これが、恋なんだな)
蘭は全然タイプじゃない小波が心地よくて仕方ない理由が
初めての恋であることを知った。
蘭は自分の胸を拳でトントンと叩いて違和感をなじませる。
(恋なんて初めてで、おもしれぇー)
認めてしまえばしっくり来て、蘭はニヤリと貴之に笑った。
貴之いわく、昔から面白いことに自ら飛び込む男が蘭である。
(好きになったんなら、やりたいことリスト一番上は当然そうなるよな)
蘭は不明瞭だった気持ちにきちんと名前がついたことでスッキリした。
貴之の肩に腕を回して、耳元で囁く。
「京子と二人にすればいいんだな?」
「え、いいのか?痛ッッだッ!!」
蘭が力いっぱい貴之のつま先を下駄の踵で踏んでやると、貴之は悶絶して座り込む。
「お、まえ、ブッこ、ろ」
蘭がひらひら手を振り、浴衣の裾からズカズカ長い足をチラ見せて
女子たちの元に歩いた。
「おい小波、射撃やろうぜ」
「よしキター!!やろう!京子ちゃ」
「京子、貴之が足ケガしたみたいだから見てやれよ。俺ら二人で遊んでるから」
蘭が京子にバチッとウインクすると、京子が目を瞬き、ぽっと頬を染めた。
小波は蘭に引っ張られて、京子と引きはがされる。
「京子ちゃん!カムバぁあック!」
「小波、来いよ。射撃勝った方が、かき氷おごりな」
「よぉおし!負けぬぞ蘭!!」
小波は蘭にカンタンに乗せられて、そのまま射撃勝負に明け暮れた。
ゲームでは負けなしの小波だが、リアルな射撃では惨敗を期した。
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