第七話

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一段上の階段に乗った小波の後頭部を大きな手のひらでひっつかんで、引き寄せる。 「え」 蘭の腕が引き寄せる力に、小波は抗えない。 ドンッと海の上に花火が咲いた瞬間、蘭と小波の唇が重なった。 瞬きもできず、小波は花火に照らされる蘭の閉じた目を見つめた。 唇が、熱い。 ドンッと次の花火が咲いたとき、小波は両手で蘭を突いた。 蘭はよろけて、階段を一歩下りる。 蘭が顔を上げてまっすぐな目をするが、小波は取り乱した。 両手で唇を覆って隠す。 「何すんの?!私、えっちなお姉さんじゃないんだけど?!」 蘭は頭をデカい手でガシガシかいてから、またまっすぐ小波を視線で突き刺した。 「わかってる。お前はヤリ女じゃなくて、小波だから」 「え」 「小波のこと可愛いと思ったから」 「は?」 「キスしたくなった」 小波はカッと顔に熱を上げて、不整脈どころですまない鼓動の早さに襲われる。血流が激しくて耳が痛んだ。 蘭が一歩階段を上って、小波の一段下に立つ。この段差があって初めて、二人の顔が真正面で向き合った。 「小波、俺の彼女やらねぇ?」 「は?!!む、むり」 小波は反射的に手を前に出して防衛体勢を取り、首をブンブン振った。 受け入れがたいことが目の前で起こっていた。 「なんで?」 蘭がズイズイと無遠慮に顔を寄せるので、小波はもう一歩階段を上って距離をとる。 「なんでって本気じゃないでしょ?!いっぱいお姉さんとヤッてるのに私そういうのムリ」 「最近、街行ってないの知ってるだろ?」 「し、知ってるけど。私みたいな色気ないの相手にとか、ヤリチンクズらしくないじゃん」 蘭がまた一歩階段を上る。 「俺もそう思ってる。俺がこんなこと言うなんて全然俺らしくねぇ」 「オイじゃあ、なんで言った?!」 「『らしくないこと』ばっかりするものなんだろ?」 まっすぐに見つめる蘭から小波は目が離せない。 「コレ()って」 またドンッと遠くに花火の鳴る音がして、蘭の真剣な顔を綺麗に照らした。 小波は真っ赤になって陸に上がった魚のごとく口をパクつかせる。 「そそそんなの知らなかった、いつから!?」 蘭はまっすぐに、小波を見つめ続ける。その直線な眼差しは全く酔ってなくて、ウソが見当たらないことが、小波には息苦しかった。 「祭り始まったくらい?」 「さっきじゃん?!やっぱり冗談かよ!」 「は?誰が冗談でこんならしくねぇこと言うかよ。さっき自覚したって話だろ?」 「そんなすぐ告る人いる?!」 小波は騒いで、蘭の告白を茶化して誤魔化したかった。だが、蘭の回答はどんどんドツボにハマっていく。 「好きとか隠して、なんか得することあんのか? 好きな女なんて誰にも取られたくねぇんだから、早く言ったもん勝ちだろ?」 あんまりにもストレート過ぎる主張に、寂しくて女遊び拗らせてたクズどこいったんだよと小波は目を高速で瞬く。 「お前に告る、がやりたいことリスト一番上になっただけ。 やりたいことはすぐにやれって言い続けてるの誰だよ」 クズらしくない蘭の主張は止まらない。 蘭がまっすぐ恋なんて語る姿が、小波の脳を強烈に刺激しバグらせる。 「お前と遊ぶの楽しい。浴衣も水着も可愛いって思ってた」 「え、待って待って」 「俺今までヤリ女ばっかで好きな女も彼女いたことねぇけど、お前となら楽しいのわかる。お前がクスッて笑うと、めちゃくちゃキスしたくなる」 蘭の明け透けな想いがなだれ込むと小波は息苦しくて目が回った。 苦し過ぎて目のウルウルが上がって来る。 「小波が好きだ」 小波は両耳を両手で必死に塞いだ。蘭がその仕草にムッと眉を歪めた。 「は?俺告ってんだけど、お前なんで耳塞いでんだよ。ちゃんと聞けよ」 「や!もう聞かない!」 耳を押さえる手を掴もうと、蘭が手を伸ばす。だが小波はひょいと避けた。 「聞けよ」 「聞かないってば!そんなこと言われたら!そんな好きみたいなこといっぱい言われたらさあ!!」 小波は目に涙をいっぱいいっぱい溜めて叫んだ。 「ホントに好きになっちゃうじゃん!!」 小波は踵を返して、百段階段を上り切ってトテトテと慣れない下駄で走っていった。 捕まえようと思えば、余裕で追いついて捕まえられるが、蘭は階段に立ち尽くした。 「あーーなんだそれ、えっとつまりお前、それはアレだろ?」 デカい両手のひらで顔を覆って蘭は天を仰ぐ。海上で弾ける花火の音が聞こえてくる。 「もっと押してくれってことだよな?」 蘭はニヤつきがおさまらなかった。   
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