第八話

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第八話

深夜の下宿の居間で、カチャカチャとコントローラーを操作する音が響く。 クーラーが働く音と、カチャカチャ。小波と蘭がテレビの前で真剣な顔をしている。 「お前、俺の告白流してるくせに、夜通しゲームはつき合うのかよ」 「それとこれは別。小波さんがいつでも夜遊ぶって約束したから」 ゲーム中の画面をガン見する小波と蘭は真剣勝負の真っ最中だ。 「てか今そんなこと言ってる場合じゃない、修羅場」 「小波」 「ん?」 蘭が危機一髪の場面で、着実に小波の耳に届く低い声を発した。 「マジで好き」 「んぎゃあッ?!」 小波は目を見開いて思わず蘭の方を向いてしまう。ゲームの手がおざなりだ。 一瞬の隙で勝負が決してしまった。 「おっしゃぁあ!!俺の勝ち!」 「あぁああ!そんなんアリぃい?!」 蘭が立ち上がって天井にガッツポーズを捧げる。小波は敗北を告げるゲーム画面を見て開いた口が塞がらなかった。 ぐるんと蘭の方に顔を向けて、鬼のごとく睨みつけて立ち上がった。 「このタイミングでそれ言うのおかしいじゃん!ズルいじゃん!」 「ズルくねぇし、ウソじゃねぇし、お前の負けー!!」 あっかんべと舌をチロチロ出す蘭に、小波はぐぐぐと唇を噛んだ。 確かに相手の心理を揺さぶるのは勝負の常とう手段だ。揺れた小波の負けだ。 「もういい!もう朝だし寝る!」 ぷいっと首を振って口を膨らませた小波は居間を出て行こうとした。 だが、蘭が手首を握って引き止める。ニヤニヤ笑う顔が腹立たしい。 「待てよ、まだ罰ゲーム終わってねぇだろ」 「っぐー!ムカつくー!!」 小波は足をがんがん踏み鳴らして駄々こねした。 蘭が小波の癇癪を見てゲラゲラ笑った。 「お前小学生かよ」 「うるさいなぁ、罰ゲームなに?背中踏む?」 小波常勝のゲーム勝負で、蘭は無数に背中を踏まれてきた。 小波がムッと蘭を睨むと、蘭が腰を曲げて小波の顔に顔を寄せる。 ぎゅっと小波が反射的に目を瞑った時、鼻先にちゅっとリップ音が鳴った。 「これ、罰ゲームな。ごち」 小波が首筋から額の一番上まで、徐々に真っ赤になっていくのを蘭はニヤニヤ眺めていた。 「バッカじゃない蘭!!」 「罰ゲームなんだから、これくらいいいだろ?」 「よくないよ!こ、こんなのエッチ過ぎじゃん!」 「えっち?お前えっちの意味わかってる?」 「うるっさいな、ヤリチンクズとえっちな基準一緒にしないでよ!」 ゲラゲラ笑ってから蘭は大きな手の平で小波の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。鼻先かじったくらいで、えっちなんて、笑ってしまうくらい純情でかわいくて困る。 蘭はそんな小波に聞くべきことがあった。 「もう負けないから、もう鼻チュさせないし」 まだ鼻先を赤くして小波はボソボソ言っている。蘭はズカズカと長い足で歩いて、冷蔵庫に貼られていた「やりたいことリスト表」を持って来る。 小波の目の前で書き込み、表を鼻先に突き付けた。 「これって、こう書いたらどうなんだよ? 『やりたいことはすぐにやれ』主義の小波さん?」 「何?」 やりたいことリスト表には『小波とキスしたい』と書かれている。 小波は冷めかけた熱がまた沸騰してしまった。 「バッッカ!!そんなエッチな要求通るか!」 「やっぱダメ?」 「普通にダメ!」 「いやお前これに書いたら何でもやるから、ワンチャンあるかなって」 「ないわ!」 チッとわざとらしく舌打ちした蘭は、次の要求を書き込み始める。 小波はまだ顔をカッカさせて顔を手であおいだ。 このやりたいことリスト表にそんな卑猥なことが書き込まれる日がくるなんて、想像もできなかった。 「じゃあ、次これな」 『小波とキスしたい』の下に新しく『誕生日祝いして』と書いてある。 小波はまだ赤味の残る顔で蘭を見上げた。期待に満ちた顔が小波の目に映る。 「蘭、誕生日なの?」 「夏休み終わったらな」 小波の胸がぎゅぎゅぎゅと震えるように縮まった。蘭の頭上には冷たいタイムリミットが掲げられている。 365日より少ない。蘭にとって、これが最後の誕生日になるのだ。 小波は無慈悲な余命と唾を飲み込んで笑った。 「よし!盛大に!この前の祭りより派手にやろう!!」 「ブッハお前最高かよ」 また蘭が屈託なく笑って、大きな手で小波の頭をぐしゃりと撫でる。 小波は喉に詰まる涙が溢れないようにサッとうつむいた。 最後の誕生日なんて、 もうずっと来なければいいと心から願ってしまっている。 蘭が大きな口を左右に広げて笑うと、小波の小さな胸が弾けそうなくらい痛んだ。 小波の胸が、ずっと蘭が好きだと主張してる。 でも小波は、その気持ちの全てを無視していたかった。 余命は変わらない。 小波には何もできず、別れは必然にやってくる。 なのに好きなんて。 こんなの、残酷過ぎる。   
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