第一話

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「お前のなくなるぞ?」 「もう一個作るからいいよ。あと、今日、朝困らせたお詫び」 「へー悪かった覚えあるのか。じゃあ遠慮なく」 ちゃぶ台の向かいに座ってラーメンをにこにことすすり始めた蘭を小波はぼんやりと眺めた。 ガタイが良くて、距離感近くて 気さくなヤンキー男子。 見た目イカついが、モテ部類なのだろうとはわかる。 しかし、小波はその頭の上についている 人よりずっと少ない数字が気になって仕方ない。 今まで、誰の余命も無視してきた。 蘭の余命のことも 無視して逃げちゃえばいい。 だって、小波にはどうしようもないことだ。 余命は変えられないんだから。 「朝はなんで泣いたんだよ?やっぱり、俺がいなくて下宿一人だったからか?」 「いや、違うけど」 「もうホームシック?」 「そういうんじゃ、ないんだけど」 でかい口ですぐにラーメンを食べきってしまった蘭は、口を雑に腕で拭って小波を見つめた。 からかう口調とは違った、 まっすぐな目が小波に刺さる。 小波は蘭の頭の上の数字を見た。 何度見ても「365」だ。 泣いてしまった理由は説明しづらく、うまい嘘も浮かばなかった。 小波は蘭の質問を無視して、自分の質問を重ねた。 「もしさ、あと365日の命だったらどうする?」 「俺が?」 「うん」 小波の質問に蘭はふんと腕を組んで考えた。悪い質問だ。 あと365日しか生きられない人のしたいことなんて聞いてどうするというのだ。 どうにもできないくせに。 「うーん。やりたいことリストでも作るか?」 「やりたいことリスト?」 「そう、死ぬまでにやりたいこと全部書いて、365日で全部クリアする。 そしたら、後悔なく逝けるだろ?」 小波に人差し指を向けて、いいアイデアだと蘭は豪快に笑った。 小波も、余命365日の人にしてあげられることってそれしかないのでは、と開眼した。 ちゃぶ台に両手をついて小波が前のめる。 「蘭、ナイスアイデア!!」 「だろ?でもとりあえず、今そのリストの一番上は」 「一番上は?」 「もう一杯カップラーメン食いたい、だな!」 ラーメンおかわりもう一杯!なんてくだらない要求だ。 でも、後悔のない人生って 「くだらないけど、やりたいこと」を 積み重ねてできていくものなんじゃないかな? 小波にできるのは、その手伝いくらいだ。 蘭の提案に小波もやっとスッキリと笑えた。 「いいね、やりたいことはすぐにやれ!だ!私のまだストックあるからもう一杯食べよ!今度は私も一緒に食べる!そして幸せになろう!」 「安い幸せだな。でも、そういうの俺は嫌いじゃない」 「でしょ?」 「よしじゃあ、一緒に安いラーメン作るか。ホームシック小波の歓迎会な」 「安い歓迎だな!小波さん嬉しい!」 「嬉しいのかよ」 蘭と一緒に深夜の下宿台所で並んでラーメンを作って、一緒に食べた。 きっとこの時、小波と蘭は友だちになった。 小波にとって初めての、 余命が少ない、友だち。 「深夜のラーメンは背徳の味!」 「絶対うまいやつな!マヨネーズドバドバかけようぜ!」 「キャア!極悪最高ーイケないわー!」 「よいではないかー!」 深夜に蘭と食べたラーメンは禁断の味だった。 都会から逃げて山村留学してきたのに、 結局、余命365日の蘭に出会ってしまった。 もう、逃げようがないんだ。 蘭はあと365日で死ぬ。 でも、蘭はもうただの通りすがりの人ではない。 小波の友だちだ。 今朝泣いてわけのわからないことをわめいた小波を、名前で呼んでくれた。 たくさんのお姉さんたちが帰らないでって言う中、寂しがってるだろうと小波の様子を見に帰って来てくれた。 ホームシックだろうって一緒にラーメンを食べてくれた。 蘭は見た目強烈ヤンキーで、 ガチのヤチリンクズ男。 だけど、良い奴だ。 そんな良い奴、蘭の残り少ない人生を、 悔いのないものにするように小波は尽力することに決めた。 逃げられないなら、楽しく過ごそう。 今まで人の余命から逃げに逃げた小波「らしくない」選択だ。 でもたった4人きりの、同期だから。 もう腹をくくるしかない。 カウントが減っていくのを見ながら、 小波だけが知っている終わりを目指して 一緒に過ごす。 それはきっと、背徳の味だけど。 一緒に食べたラーメンみたいに 最期はきっと、美味しかったと思えると願って。   
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