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第十九話
貴之がテテの家を訪ねたが、テテはいなかった。
次に探すテテの居場所なんて決まり切っている。里緒菜の家だ。
里緒菜の家のチャイムを鳴らすと、貴之をエプロン姿の里緒菜が出迎えた。
「貴之君、どうしました?こんな夜に」
「テテを探してて」
「テテ?さあ、家には来てませんよ」
「そう。里緒菜、最近テテに変わったことはないか?一人でふらっとどこかに行くとか」
里緒菜が玄関を出て、ドアを後ろ手にきちんと閉める。
貴之の前で里緒菜がニッコリ能面の笑顔を魅せた。
「さあ、テテが私の側にいなかった日なんてなかったと思いますけど」
「は?今のマジで言った?」
テテはクロが死んだ日に、村で一人で目撃されている。
目立つ里緒菜が傍にいて、村人が気づかないのはありえない。
四六時中側に仕えるテテが里緒菜の側を離れるなんて、特別な日だったはずだ。
なのに里緒菜は、テテが側にいなかった日は「なかった」という。
これは、完全な、ウソだ。
なんでそんなウソを?
「どうかしましたか?貴之君」
里緒菜がきゅるんと可愛く腕を組んで頬に手を当てて考えるポーズをとる。
貴之はどうしても言葉にできなかった里緒菜の違和感にやっと気がついた。
『クロが死んだ日、里緒菜帰ってたの?』
『いえ、帰ってません』
クロが死んだ日、なんて曖昧なものを村の外に住む里緒菜は知らなかったはずだ。
里緒菜はクロが亡くなった2月中に選挙の手伝いで何度も村に帰っていた。
だから、本来なら「クロが亡くなった日とは、いつですか?」と聞くのが自然だったのではないか。
クロが亡くなった日を聞かずとも里緒菜は知っていた?
その日に目撃された一人きりのテテ?
テテが里緒菜の許可なく傍を離れることは絶対にない。
つまり、里緒菜が。
「テテに村に1人で行けって命令した」
里緒菜の鉄壁の笑顔にヒビが入る。
「クロを殺すために?」
里緒菜はふふっと笑って手を上げた。
「貴之君って押しが弱いくらいで、丁度良かったんですよ。そんなガツガツしてるの、らしくないんじゃないですか?」
今日まで考え続けてきた貴之の頭の中にやっと一本の道が通った。
餌付けされたクロが殺されて、そして餌付けされ続けている蘭が、次は死ぬのだ。
20時に配達されるお菓子に入れられた毒で?
「まさかクロは実験台?蘭を殺すための?」
「私、貴之君のそういう小賢しい所は、昔から嫌いでした」
貴之は背中に衝撃を受けて、地面に倒れた。スタンガンで貴之を背後から襲ったのは、テテだった。
宴会の片づけ中、居間で寝転んでグースカ眠る千香子を跨いだ蘭が京子に声をかける。
蘭の余命日まであと30分だ。
「京子、ちょっと小波と二人で部屋行くから」
蘭が京子に報告する。全員の緊張が高まる中、最後の安心できる時間とも言える。
「ええ、もちろん。日付が変わるまでに戻って」
「おう」
居間のちゃぶ台の前で膝を抱えていた小波を引っ張って、蘭が自室に連れ込む。
小波がすでに涙をいっぱい瞳に溜めて怯えているのを見ると堪らなかった。
蘭は自室の障子の内側に小波を押し付けてキスを贈る。
額に、目に、鼻先に、唇に、ありったけの大好きを込めてキスをすると、小波がぽろぽろ泣き始める。
「蘭、どうしよう。何も変わらない」
小波の目に映る数字は「1」だ。もう30分すれば確実に「0」になる。日付が変われば、蘭に何が起こるかわからない。
「あんなに頑張ったのに、やっぱりダメだった」
泣き絞る小波を抱きしめて蘭が頭にキスをする。蘭は全く終わりなど感じないが、小波の怯えようは異常で、真に迫る。
「大丈夫、絶対。生きるから」
小波の唇に甘くキスした蘭は耳元に囁く。
「余命より長く生きたら、小波のことめちゃくちゃ抱くから」
蘭はいつも通りに、安心させるようにニッカリ大きく笑った。
「バッカじゃない蘭!」
小波は蘭にぎゅうぎゅう力いっぱい抱きついた。最後まであきらめない。
でも、怖い。
二人で強く抱きしめ合っているうちに、蘭の頭の上の数字は「0」を迎えた。
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