第十九話

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蘭が居間で寝転がって腹ぺこでぐったりしているのを小波は隣に座ってジッと眺めている。 千香子だけが晩酌を終えて、居間ですっかり眠り込んでいた。 千香子は眠ると「急患だ!」の言葉でしか起きないと蘭が言った。 「小波、俺マジで腹減って死にそう」 「そうだよね。でも今日はダメって京子ちゃんが」 「だよなーハァーあいつらマジで帰ってこねぇんだけどナニコレ、マジで何か起こるの??」 ハラペコで倒れるくらいなら全然大丈夫。だが、蘭の頭上の数字は確実に「0」だ。小波は一時も気が抜けない。 今から隕石が落ちて来て奇跡的に蘭だけ死ぬなんて、十分あり得るのだ。 20時を回って「ビー」と耳障りな古いチャイムが鳴り響く。 いつものあの音。蘭がパッと立ち上がる。 「お菓子!」 「里緒菜ちゃんでしょ。お菓子呼びはクズい」 「はいはい」 蘭がズカズカと玄関へと向かう。玄関までなら家の中だ。特に危険はない。 小波はお菓子を受け取る現場にはいつも行かなかったので、居間でテレビを見ていた。 いつもの日常だ。何も変わらない。 『小波って心が広いわよね』 蘭は玄関からすぐ帰ってくる。 『里緒菜が持ってくるお菓子を食べないで!とか言ったことないもの』 お菓子をかじりながら。 小波はパッと立ち上がって玄関へ走った。走り込んだ小波は、里緒菜から蘭がお菓子を受け取ろうとするその瞬間を手で遮った。 自分らしくないことキャンペーンは最後まで実行だ。 お菓子を持ってきても怒らない、理解ある彼女の小波は、今日は休みだ。 「ま、待って蘭!」 「なんだよ小波」 美しい笑みを称えた里緒菜の奥歯がガリッと音を立てたことに気づく者はいない。 小波は蘭からお菓子を取り上げた。 「あの、ちょっとその里緒菜ちゃんに話があって」 「は?なんだよいきなり。俺よりハラペコかよ」 「そう!!私が食べたいの!ちょっと先に居間行ってて」 蘭の背中を押して居間に行かせた小波はホッと息をついた。 蘭が長年続けた習慣によって、無意識にお菓子を食べてしまうことを間一髪防いだ。 しかし、ここから里緒菜に弁解しなくてはいけない。 小波は嫌な思いをさせたであろう里緒菜をふり返った。 居間に戻ろうとする蘭の頭の上の数字「0」ではなくなった。   
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