第三話

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「クッソ、お前マジで強ぇじゃん」 「ふっふっふっふ、お外が苦手だったので室内で鍛えました」 一晩中盛り上がったゲーム大会を終えて、正々堂々と戦った相手を称える握手を交わす。 無駄なことをやりきった謎の達成感がある。 居間で寝転ぶ蘭を隣に、小波が壁時計を見上げた。 「もう5時だね、学校までちょっとだけ寝よっか」 「あー5時?ちょうどいいから、アレ見に行くか」 「アレって何?」 「まあまあついて来いって」 蘭に手首を握られて、小波はまだ薄暗い外に連れて行かれた。 外灯がほとんどない暗い道をしばらく歩いた。通学路でいつも通る道だ。 「はい、到着」 「え、ここって百段階段?」 「そ、座れよ」 通学路の途中にある百段階段の一番上で、蘭が腰を下ろす。 毎日下りて上ってを繰り返すしかないこの急な百段階段は、普段から若干嫌気がさす場所である。 小波は蘭に言われるままに隣に座った。 百段階段に座った小波にはただ暗い海が見えるだけ。 「もうちょい待ってろ」 ニカッと大きく笑う蘭の笑顔はさっぱりしていた。 煙草を吸うときでも、 女に甘えに行くときでもない、 何にも酔っていない蘭だ。 小波は真っ暗な海を眺めた。 「お父さんがね、学生時代って酔ってなくても楽しい時期だっていつも言ってた。 酔わなきゃやってらんないなんてのは、 大人だけで十分なんだって」 蘭は膝に肘をついて顎を乗せ、ダルっと小波の話に耳を傾ける。 「だから私さ、酔ってなくてもみんなと楽しく遊びたい」 小波は蘭を見つめた。 酔わなきゃやってられないなんて、 つまらないこと言っているヒマはないよ。 だって残り時間は、決まってるんだから。 「煙草にも酒にも女にも、ね?」 首を軽く傾けた小波が、残り時間の切なさを背負って クスッと笑いかける。 そのクスッとが、蘭の胸をトンと叩いた。 元気にギャーギャーはしゃいで先頭を突っ走る小波の、女なところがうっかり見えた。 「小波さんがいつでも夜通し遊ぶよ蘭。 だから、無理して酔いに行かなくてもいいから。覚えといてね」 小波があんまりまっすぐ見つめるので、蘭はその強い意志のある瞳に吸い寄せられる。 (あれ、なんかコイツ、可愛くない?) 小波の顔に、蘭の顔がゆっくり近づいてくる。 蘭が目を瞑ってキスしようとしたその時。 「あ!朝日!」 小波が急に立ち上がり、海を指さした。蘭は驚いて目を開ける。 (は?今、そういう雰囲気じゃなかった?!) 「もしかして朝日を見に来たの?!え、キレー!すご!!え、田舎すご!」 小波が朝日が上っていく水平線の写真を撮り始める。 普段から距離感バグってる蘭に、小波は雰囲気など全く感じ取れなかった。 キスをすかされた蘭は一人で座り込んだまま、頭を両手でワシワシかいて項垂れた。 (ハァアアーーー俺何やってんだよ、俺って年上デカパイ専じゃん?! こんなペチャパイ女にキスって 「らしくねぇ」だろ!!) 小波はどんどん上ってくる朝日と、キラキラ反射する海面を見つめて興奮する。 「蘭!見てみてすっごいよ!キラキラ!ここって蘭の秘密美景スポット?!」 キラキラの水面に感激して素直に笑う小波は、眩しかった。 嫌なこと忘れて酔っちゃおう?と誘って来る薄暗いお姉さんたちと 小波の素朴なキラキラは、まるで違う。 小波の笑みは胸に爽やかに心地いい。 「連れて来てくれてありがとう、蘭!!」 小波がニッカリ笑顔になると、蘭の胸がキュッと縮んだ。 「は?なんだこれ」 朝日に照らされた小波がキラキラに見えてしまった蘭は、胸を(こぶし)でどんどんと叩いて違和感を無理やり消した。 小波を置き去りに、長い足で蘭がずかずか下宿へと進んでいく。 「あ、蘭、待ってよー!」 まだ消えない違和感を持つ胸を、何度も拳で叩きながら。  
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