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🌕
文化祭が終わって、二週間。
今日、ようやく天体観測をする日がやってきたんだ。
学校の中庭で、夜の七時。
どの部活動も終わってるけど、天文部は部活動として活動許可がおりたんだ。
いつもと違う雰囲気に、ちょっとソワソワする。
太陽も沈んで暗い視界の中、夕陽先輩が持ってきてくれたアンティークなランタンを真ん中に置いて、天体観測開始だ!
「「すっごい!」」
叶ちゃんと暁音ちゃんの声が、ひんやり冷たい中庭に響いた。
二人の視線の先、曜大先輩が設置する望遠鏡だ。
白い三脚に、大きな円柱の形をしたレンズ。
接眼レンズもしっかりついていて、ちゃんと遠くまで見えるそう。
本物の望遠鏡を見て、ワクワクしてきてしまった。
「これ、めっちゃ本格的だね。夕陽の私物?」
この中で一番器用だから、と望遠鏡の設置を任された曜大先輩が、驚いたように言う。
「まさか。これ、ダンス部が文化祭で迷惑かけたお礼っていって、部費で買ってくれたやつ」
「ダンス部がっ?」
「え……。これ、結構有名なブランドのやつだよ?」
先輩二人が、望遠鏡と夕陽先輩を見比べて呟く。
「夕陽、まさかダンス部に圧かけた?」
「そんなことしてないよ。なんかダンス部の部長が謝りにきたから、それに対応しただけ。まぁ、ちょっとイラッてしたよってことは伝えたけど」
腕を組みながら、なんでもないように言う夕陽先輩。
……夕陽先輩の『ちょっとイラッとした』は……。
その状況に置かれたダンス部の部長が、どうして部費で望遠鏡を買おうとしたか、心情がよめるような。
思わず苦笑いを浮かべる私に、一年生二人は「ねぇねぇっ」と私に近付いた。
「律月ちゃんの双眼鏡、すごいね」
「思った!それ、もともと家にあったやつ?」
叶ちゃんと暁音ちゃんは、私が首からかけている双眼鏡に興味津々。
「これ?これは、おじいちゃんが高校入学の時に買ってくれたんだ。私、小さい頃から常に月を見上げてたから」
黒くて、ずっしりした重さの双眼鏡。
高校入学の時に買ってくれて、初めて見た時に本当に嬉しかったのを覚えてる。
これを使って天文観測をしたことはなかったから、今日ようやく使うことができて嬉しいんだ。
「望遠鏡、準備できたよー!一番に見たい人いる?」
設置を終えた曜大先輩に、叶ちゃんたちは「「はいっ!」」と手を上げる。
それに紛れて、香澄先輩もズバッと手を上げていた。
「香澄は遠慮しなさいよ。一年の二人、先に決めて良いよ」
前へ行こうとする香澄先輩を夕陽先輩が手で押さえ、香澄先輩は「えーっ」と残念そうな声を上げる。
「律月は良いの?」
夕陽先輩の目が私に向いて、私は頷いた。
「はい。私、まずは月を見たいので」
私は、首からかけた双眼鏡を目に当てて、月を見上げた。
……今日、三十年振りぐらいのスーパームーンが見れる日なんだよね。
そんな日に天体観測できるなんて、ラッキーだった。
私はワクワクしながら、双眼鏡を覗き込む。
双眼鏡から見える月は、驚くほど大きくて丸い。
普段見上げる月より綺麗に見えるし、細かいクレーターまでハッキリ見える。
…………すごい綺麗。
肌寒い外の空気なんて忘れるほど、体の内から熱が溢れている。
いつも私を勇気づけてくれていた月は、こんなにも大きくて、綺麗だったんだ。
繊細な光と優しさは、私の心を浄化させる。
優しく包み込んで、守ってくれているような気がする。
……やっぱり、私は月が大好きだ。
「———月、見える?」
突然、横から声が聞こえた。
びっくりして双眼鏡から目を外すと、夕陽先輩だ。
「ごめん、驚かせた?」
「い、いえっ。月に夢中になってて」
昔から、私は月に夢中のなると他のことは手が付かなくなるタイプだった。
一回外に出たら、数時間戻ってこないこともあったらしい。
「あっちは、四人で盛り上がってるからさ」
肩をすくめる夕陽先輩の向こう、望遠鏡の周りに群がって大興奮してる四人が目に入った。
相変わらず、仲良しだな。
夕陽先輩が、あそこのグループに群がらないのがよく分かる。
私たちは、しばらく無言で月を見上げていた。
「今日、スーパームーンだよね」
夕陽先輩の呟きに、目を丸くした。
「えっ。夕陽先輩も知ってたんですね」
「もちろん。太陽も好きだけど、月も好きだからね。私」
微笑む夕陽先輩に、私は内心嬉しく思う。
夕陽先輩も、月好きなんだ。
「月って、見てると心浄化されるよね」
「そ、そうなんですっ。すごく綺麗で、神秘的で。……私、小さな頃から何か嫌なことがある度に月を見上げてて。だから、月は私にとってすごく大切なものなんです」
両手で望遠鏡を握りしめ、私は呟いた。
……喋り終わってから、ハタと我に返る。
なんか、月にテンション上がっちゃって、自分語りしてしまった。
カッと熱くなる私。
なぜか喋らない夕陽先輩に、首を向けた、
「……私ね、自分の名前がすごい嫌いだったんだ」
隣で小さく呟く声に、私は目を見開く。
「私の名前、夕陽でしょ?太陽みたいに明るい子に育ってほしい……って意味だったらしいんだけど。そもそも私は明るくないし、それになんか色んな人から怖がられるし。私自身も、あんまり笑顔を見せない方だし」
そう語る、夕陽先輩。
……そんなことない。そんなことないよ。
私は、思いっきり首を横に振った。
その勢いに、夕陽先輩は私を見た。
「夕陽先輩は、名前の通り太陽みたいな先輩です。私にとっての光で、私を照らしてくれる存在で。性格が明るいか明るくないかなんて、関係ないです。……私は、夕陽先輩のおかげで、自分を変えることができました。本当に、感謝してます」
ずっとずっと伝えたかった想い。
ようやく、伝えることができた。
私は、夕陽先輩の目を真剣に見た。
「……律月」
夕陽先輩は、私の目をまっすぐ見つめてくる。
そして、フッと気を抜いたように微笑んだ。
「……ありがとう」
ゆっくりと、繊細な輝きを放って笑う夕陽先輩。
その瞬間、感情が全て一体化したみたいに、私の胸の中に集まった。
私の心が熱く、暖かく、嬉しさで叫んでいる。
……私、夕陽先輩と出会えて、本当に良かった。
「律月ちゃーん!月も良いけど、こっちもすごいよ!」
「超、超、超綺麗!夕陽先輩のおかげだねっ」
叶ちゃんと暁音ちゃんが手を振っている。
私は、夕陽先輩と顔を見合わせて、頷いた。
「いっ、今行くよ!」
「望遠鏡は、私の手柄じゃないって」
駆け寄る私と、夕陽先輩に、四人は笑顔になる。
望遠鏡を覗き込んで感動を共有したり、香澄先輩が持参してたお菓子をこっそり食べたり。
ついこの間まで、ふさぎ込んで誰とも関わろうとしなかった私には、考えられない世界だ。
自分に自信を持って、自ら一歩踏み出して、良かった。
自然に笑ってた私は、ふと月を見上げた。
大きな丸い月は、今まで見てきたどんな月よりも明るくて、輝いていた。
おわり
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