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夕陽先輩が喋り出した途端、体育館がピリッと引き締まる。 お客さんも、実行委員の子も、私たちも、みんな夕陽先輩に釘付け。 この場にいる全員の視線が集まっている夕陽先輩は、自信満々な表情を浮かべていた。 「太陽———それは圧倒的な存在であり、この宇宙の主でもあります」 夕陽先輩の口から流れ出る、堂々とした態度。 さっきの、私も全力で喋ってた声よりも大きくて、ハッキリ聞こえる声。 声自体はそこまで大きくないように見えるのに、凛としてて体育館の奥まで響き渡る。 マイク無しでも……いや、マイクがない方が、夕陽先輩の声は響くんだ。 「太陽は銀河系の中の恒星の一つで、皆さんご存知の通り、地球を照らす光です。地球が自然に溢れ、生命が存在できるのも、太陽のおかげです。それに、先程、一年の丸山さんが言っていた通り……」 私は、地面に座りながらドッと心臓が鳴る。 夕陽先輩の口から、私の名前が出た。 わ、私? 「月は、太陽の光を受けて輝いており、その熱や光を提供しているのは太陽です。太陽は、宇宙の中でも他の天体に影響を与えていることが多いです」 夕陽先輩の発表は、練習の時から暗記するほど聞いている。 今喋っている内容は、アドリブだ。 さっき、私が序盤の方で喋っていたことを、自分の口から話してくれてるんだ。 ……咄嗟のアドリブ。機転をきかせて、お客さんが聞こえなかった私の話の説明をしてくれている。 「太陽は、人間が想像を絶するほどの大きさと熱を持っています。直径、約百万キロ。地球の直径が一万キロであり、これのおよそ百倍です。想像つきますか?」 客席に問いかけながら喋る夕陽先輩は、とても楽しそう。 この場で発表することを、照明を浴びて発表することを、楽しんでいる。 ……夕陽先輩が輝いてみえるのは、そういうことなのかな。 自分自身から輝いて、全力で楽しんで、会場を一体化させている。 体育館を包み込むような熱い情熱や、光る存在感。 私が尊敬するのは、こんな夕陽先輩だ。 「……さすが。すごいね、夕陽」 「うん。どんな逆境も、自分のものに変えちゃうんだから」 後ろで、まるで感動のため息みたいに、先輩たちが言葉を漏らした。 私は、舞台上の夕陽先輩から目を離せずに先輩たちの言葉に頷く。 すごい。本当にすごいよ。 白い眩しい照明を受けて、生き生きと話す夕陽先輩に、どんどん胸が熱くなっていく。 「宇宙に浮かぶ、燃える星。銀河系で一番大きな情熱の星。それは、これからも輝き続けるでしょう———。これで、発表を終わります」 夕陽先輩が、舞台上で深くお辞儀をした。 体育館が、今までで一番大きな拍手に包まれる。 私も、他の人も、みんな夢中で手を叩く。 もう一度お辞儀ををした彼女は、私たちのいる袖幕に戻ってくる。 「夕陽!最高だった!」 まだ拍手の鳴り止まない体育館の音の中、戻ってきた夕陽先輩。 部員のみんなに抱きつかれて、夕陽先輩は「ちょっ、」とバランスを崩す。 「みんな夕陽先輩に釘付けでしたっ!」 「マイク無しなのに凄すぎでした!」 叶ちゃんと暁音ちゃんが、ぴょこぴょこと跳ねながら夕陽先輩の周りをまわる。 「ありがとう」 夕陽先輩は、そんな二人に優しい笑顔を向ける。 先輩二人も口々に感想を言う中、私は少し離れたところで固まっていた。 ……私も、伝えたいこと、感想、それにお礼も言いたいけど……。 後でにしようかな。 みんなが固まっている舞台袖から離れようと、私はそそっと通り過ぎる。 「ちょっと、律月」 だけど、それを夕陽先輩に阻止された。 突然腕を掴まれて、私は目を白黒させる。 先に抜けようとしたの、まずかった……? なんで夕陽先輩が私を呼び止めたのか分からなくて、私は緊張する。 「……ありがとう」 そしたら、夕陽先輩は私にお礼を言った。 私は、言われたことが理解できなくて、何も言えずに固まる。 「律月、ありがとう。律月のおかげで、私も発表できた」 夕陽先輩は、私の腕を掴んだ手を強く握る。 その力に強さに、夕陽先輩の思いが込められている気がして、私はハッとする。 「……お礼を言いたいのは、私です。舞台上でパニックになってた時、夕陽先輩の見せてくれたスケッチブックのおかげで、落ち着けました。……ありがとうございました」 あの時、夕陽先輩が声をかけてくれなかったら、私はきっとあの場で失神してたと思う。 無事に発表を終えられて、トラブルが発生した中で天文部の発表が成功したのは、夕陽先輩の立ちまわりがあったからだ。 「あ、あのっ。今、ダンス部の方に、音響の機械を戻すように言って、貸し出し用のマイクも固定位置に戻ってきましたっ。あの、本当すみませんでした!」 さっきの実行委員の子が、焦った様子で私たちの側にやってくる。 そして、私たちに頭を下げた。 私たちは、同時に顔を見合わせる。 そして、意見を求めるように夕陽先輩を見上げる。 部員から視線が向けられた夕陽先輩は、一瞬目をさまよわせた。 さっき、夕陽先輩がこの子に怒りをぶつけてしまったことを思い出す。 いつも冷静で、あまり怒りの感情を見せない夕陽先輩が見せた怒り。 もともと綺麗な顔立ち夕陽先輩だから、怒ったら相当怖い。 きっと、この子もびっくりしただろうな……。 心なしか怯えてるように見える実行委員の子は、黙って夕陽先輩の言葉を待つ。 「……さっきは、私もごめんね。強く当たりすぎちゃって。探し回って動いてくれて、ありがとう」 夕陽先輩は、ふっと申し訳なさそうに笑って、実行委員の子を見る。 さっきと違う、夕陽先輩の優しい表情を見た実行委員の子は……。 「……は、はいっ!」 声をひっくり返らせて、目をキラリと光らせて頷く。 ……分かるっ。夕陽先輩の笑顔、すごい可愛いよね! 心の中で激しく同意して、実行委員の子を見る。 「そ、そしたら、天文部の皆さんはこれで発表終了ですっ。お疲れ様でした!」 実行委員の子は、真っ赤な顔でペコッと頭を下げ、走って移動する。 「やー、疲れたね。とりあえず、みんなお疲れさま」 香澄先輩が率先して、体育館を後にする。 それに続くように、私たちも外に出る。 「先輩もすごかったけど、律月ちゃんも超かっこよかったよ!」 「よく頑張ったっ。お疲れ」 暁音ちゃんと叶ちゃんが、私の横に並ぶ。 私は左右を交互に見て、心から笑顔になった。 「……ありがとう!」 そんな私たちを、先輩三人は前から微笑んで眺めていた。
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