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週に三回ほど活動している、天文部。 生徒会で定められている、文化部の総部員の五人をギリギリ突破している天文部は、ひっそり活動している。 活動内容が、主に理科室での座学、それと学期ごとに一回あるかないかのレベルでの天体観測。 それでいて、顧問の先生はほとんど部活に来ない理科の先生。 人気がある訳がないのだ。 だけど、それでも天文部に所属している残りの五人は天体が大好きらしく、毎回誰も部活をサボらない。 今は、先月三年生の先輩が引退して、二学期の新体制での部活が始まったばかりだ。 授業を終えて理科室のドアを開けると、中には二年生の先輩二人が仲良く喋っていた。 邪魔にならないように気配を消し、中へ入る。 黒い黒板に大きく書かれている白チョークの文字は、『調べ学習』。 下の方に、『プリントあるから取っていってね』と矢印マークで机の上が指されていた。 今日も座学か。 私は、自分の指定席の左窓側奥の席に荷物を置いて、前へプリントを取りに行く。 ザッと目を通してみると、惑星の名前と写真が載っている下の空欄に、自分で調べた内容を書け……と指示されているようだ。 火星や土星のような、お馴染みの惑星が載る中で、月もあった。 月だけは調べなくてもほとんどの情報が頭に入っているから、先に書こう。 スラスラとシャーペンを動かして文字を書き、あっという間に終わってしまった。 残りの空欄も、三十分あれば埋まるかな。 理科室の後ろに置いてある本や資料取りにいきやすいのも、この席の魅力。 自分が一番好きな本を手に取り、パラパラめくって調べる。 そうしている間に他の生徒も入ってきて、十分後には全員が揃った。 「今日も調べ学習かぁ〜。たまにはみんなで天体観測したいね」 「でも、夜にならないとできないもんねー」 私の斜め前で、同学年の女子たちが話している。 「え、後輩ちゃんたちもやりたい?」 「実は、俺もやりたいんだよね」 と、前の席の方から女子の先輩一人と、唯一の男子の先輩が振り返った。 「先輩たちも、やりたいんですかっ?」 「当たり前じゃん〜。私、趣味で海まで行って天体観測したことあるんだ!」 「えっ、海ですか⁉︎すごいですね!私、まだ家のベランダでしかやったことないですよ」 「空気の澄んでる山奥とか良いぞー。俺も、家族でキャンプ行った時に普通に星見上げたけど、マジで綺麗だったな」 「わああっ、良いなぁ!羨ましいですっ」 楽しそうに喋る四人の話を、作業しながら小耳に挟んでいた。 ……天体観測。 私もほとんどやったことない……というか、物心ついてからやったことはない。 一学期は、先輩の引退のための催しものをしたり、定期考査やなんかで結局一回もできてないんだ。 天体観測がしたい気持ちは私も分かるけど、私は一人でやりたい。 人とワイワイやるのは好きじゃないから。 来月には、何年かに一度のスーパームーンも見られるみたいだし、その時に見たいな。 四人は楽しそうに笑いながら、仲良く話している。 別に、あの輪の中に入りたいとは思ってないし、四人もわざわざ私に話しかけない。 部員も、この数ヶ月で私が一人好きであまり人と喋らないタイプだと知ったからだ。 それに今日みたいに人の話に耳を傾けることもあまりしない。 だから、一番前の席で静かに資料を読み込んでいる先輩の存在にも、今初めて気が付いた。 ……あの先輩、話の輪の中に入らないのかな。 資料に目を近付けて、じっと読んだあと、紙に書き込む先輩。 お喋りしてる四人のことを気にする素振りもなく、作業している。 ……すごい集中力。 私は感心してしまって、先輩の名前を一致させようとする。 この前の発表の時に思い出しかけた、二年生の部長の、瀬尾夕陽先輩だ。 スラッと身長が高くて、キリッとクールな先輩。 残りの先輩二人は、今同級生との話に盛り上がってる先輩たち。 名前は……。ちゃんと話したことがないせいで、覚えてない。 だけど男子の先輩も女子の先輩も、雰囲気は優しそうな印象だ。 そんなことを考えながら先輩たちを見ていたから、女子の先輩と目が合ってしまった。 「……律月ちゃん、だよね?もしかして、一緒に話したい?」 優しい女子の先輩は、この前発表出来なかった私に声をかけてくれた先輩。 先輩は、笑顔を浮かべて私に話しかけてくる。 だけどその途端、人間観察なんてしていた私の心のシャッターは、完全に閉じてしまった。 「…………いえ、大丈夫です」 顔をうつむけ、ボソッとした声で返答する。 そして、中断していた調べ学習を再開させる。 「……そっかー」 先輩は、若干悲しそうな声色でつぶやきながら、また会話に戻る。 私は今度こそ、その会話を右から左へ流して作業を進める。 ……私なんかと話しても、きっと向こうも何も楽しくない。 ただその場にいるだけで、気をつかわせてしまう。 早く作業を終わらせて、自分の時間を作ろう。 そう思って調べていたら、やっぱり十分後には全ての空欄が埋まっていた。 *・゜゚・*:.。..。.:*・’ ☾ '・*:.。. .。.:*・゜゚・* 「ええぇ!?今日もぉ!?」 なんか、昨日もこの悲鳴を聞いたような気がする。 理科室に入ってきた同級生の叫び声は、さすがに嫌でも耳に響く。 先に作業していた私は、一瞬耳をピクッとさせた。 「またかぁ。最近つまんないね」 諦めたようにつぶやいたもう一人の同級生が、前へプリントを取りに行く。 黒板の文字は、毎日同じものも使い回しなんじゃないかと思うほど、同じ文面。 昨日も『調べ学習』。今日も『調べ学習』。 プリントの中身は毎日変わっているけど、だんだん先生も内容に困ってきてるなっていうのが丸分かりな感じだ。 正直、私も飽きてきている。 二学期に入って一か月経つけど、まだ座学しかしていない。 今は文化祭の準備も始まってきてるし、先生たちも忙しいのは分かる。 運動部でもないし、展示作品を貼り出す訳でもない私たち天文部は、することがないのだ。 「私、昨日の文章コピペしようかなぁ」 「さすがにバレるんじゃ?まぁ、でも文章コピペしてんのは先生たちもそうだもんね」 「それな!」 賑やかな声を上げて、作業を始める同級生二人。 文句を言いながらもすぐに作業に入るところは、やっぱり天体が好きなんだろうなって感じる。 「うーん。でも、やっぱり毎日コレだとつまらないよなぁ」 「だよねー」 二年生の先輩たちも、あの子たちの会話が聞こえてたらしく軽く伸びをして話を始める。 「ね、どうする?夕陽」 女子の先輩が、ちょっと離れたところで一人作業している先輩に話しかけた。 またもや作業に没頭していた、部長だ。 「———え?なんか言った?」 私の位置からじゃ後ろ頭しか見えないけど、顔をあげた部長は先輩二人を見回す。 「毎日調べ学習はつまんないよね、って話」 「夕陽、なんかアイデアない?」 男子の先輩も部長を覗き込んで、意見を求めている。 二人から覗き込まれ、部長は一瞬考えこんだみたいだった。 「じゃあ、天体観測でもする?」 部長の提案に、私以外の一年を含めた四人は同時に「おっ!」と声を揃え、私は一人「えっ」と声が出た。 「良いじゃん、天体観測!顧問全く動かないし、もううちらで勝手にやろ!」 女子の先輩がテンション高く言う。それに続いて、同級生二人もワクワクと瞳を輝かせる。 「俺も小型の望遠鏡ぐらいなら持ってるし、良いかもね!」 男子の先輩も、ニコニコと楽しそうだ。 そんな先輩たちを見て、私はどんどん肝が冷えていく。 みんなでなんて、絶対に無理…………! 「じゃあ一応顧問に確認して、適当に空いてる日に予定入れておくから。今日の課題は座学でしょ。この話は一旦終わり」 部長は早々に話を切り上げ、作業を開始する。 「天体観測するなら、やっぱ望遠鏡は必要ですよねっ?」 「天文部に、そんな望遠鏡あったかなぁ?」 「じゃあ部費で買いましょっ!」 「運動部じゃあるまいし、文化部にそんな予算はないって」 話は一旦終わったものの、仲良く天体観測の話に入る四人。 私は、だんだん胃が痛くなってきた。 プライベートでなら断れるけど、部活の一環で行われる天体観測なら、断りづらい。 だからと言って、ほとんど喋ったこともない部員みんなと、天体観測……? 座学なら気配消して作業すれば時間経ってくれるけど、天体観測はそうはいかない。 私が参加して、空気が変になるのは容易に想像がつく。 きっと私がいない方がみんなもゆっくり楽しめるよ……。 だけど、まさか参加したくないです……とは言いにいけず、私は悶々と考えながら部活の時間を過ごしていた。 ———だけど、私の試練はこれだけで終わらなかった。 「……と、いうことで。今年の文化祭は忙しくなるぞー」 顧問の楽しげな声が、放課後の理科室に響き渡った。 が、私はさっきから体の震えが止まらない。 ———じょ、冗談だよね? 今配布されたプリントの真ん中に、デカデカと太文字で書かれている文字。 『文化祭、発表部門エントリーシート』の欄に書かれている、天文部の文字。 待って……え、これって、文化祭で舞台発表をする部活動のエントリーシートだよね? そこに、なんで天文部の名前があるのっ? 四月の活動内容で、天文部は文化祭への参加はほぼないって言ってたのに……! 「え、すご!なんか大掛かりな話だね!」 「うんうんっ。最近、座学だけでつまんないって思ってたから、これぐらいインパクトあることしないとね!」 話だけして職員室へと帰っていったため、顧問不在で雑談タイムとなった理科室。 前の方で、楽しそうに話をしている同級生が目に入った。 た、たしかに毎日座学は飽きたなって思ってたけど、ここまで派手なイベントは求めてない! どうしてこうなった……と、全く理解できない私と対照に、理科室は賑やかになる。 「やっぱ夕陽さすがだねぇ。めっちゃ派手なことしてくれたじゃん!」 前から聞こえた先輩のウキウキした声に、私は顔を向ける。 部長に顔を近付け、全開の笑顔の先輩。 対して、ちょっと迷惑そうに話をしている部長。 「別に、顧問に掛け合っただけだよ。天体観測の予定聞きにいくと同時に、天文部に文化祭で発表の場を与えてください……って」 淡々と答える部長に、私は唖然とする。 ……急に天文部が文化祭で発表することになったのは、部長が先生に掛け合ったから? よ、余計なことを! 私は思わず心の声が飛び出そうになったけど、危ういところで口を押さえて止める。 「天文部史上、最高の見せ場だと思うよ」 「よーし!今年の文化祭は、みんなで最高の発表をするぞー!」 先輩二人が、拳を天井に突き上げる。 それにつられて、同級生も二人揃って「「おーっ!」」と高らかに声をあげる。 よ、陽キャたちめ……! 私はだんだん冷や汗が出てきて、焦ってくる。 わ、私は参加したくないって、言わないと……。 文化祭で、全校生徒の前で発表なんて、冗談じゃない! だけど私の口からは何も声を出せず、ただグルグルと頭が慌てふためいて、理科室を見渡してるだけ。 そしたら、一番前から四人を見物していた部長と目があった。 「…………?」 部長は、なぜか私から目線を外さない。 遠くからでも分かる、大きくて力強い目力で見据えられて、私は反射的にサッと目を伏せた。 …………部長、怖い!! 部長とはほとんど喋ったことはないけど、クールで冷静で、なんだかカリスマ性のある先輩。 そんな人から見据えられるだけで、私は心臓がバクバクしてしまう。 「発表の仕方とか内容は、部活の中で決めていこうっ。部員は全員でだから〜、」 ハッとして女子の先輩を見ると、いつの間にか私も人数に入れられてる。 う、嘘でしょ……? 私は、今まで感じたことないレベルで、サッ——と青くなっていった。
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