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🌦️
次の日、放課後の理科室。
ガヤガヤと例の四人が楽しそうに笑って作業してる中、私はこの世の終わり……というテンションでいた。
向かい合わせの席に座り、目の前に座っているのは、部長。
こちらに顔を向けず淡々と何か書き込んでるけど、私の視線に気が付いたのか顔を上げる。
「なに?」
若干不機嫌そうな部長の声に、私はピュッと肩をすくめる。
「な、なんでもないです…………っ」
私はバッと下を向き、机の上に広げた原稿に目を落とした。
初めて部長と会話なんてするから、ドキドキしまくって息がしづらい。
大丈夫なのかな……と、私は不安に駆られながら下を向いていた。
文化祭で発表する内容は、この前発表した『好きな天体』の発表だ。
文化祭で発表するからには、それなりの完成度が必要。
だから、先輩後輩でペアを組んでお互いに見合おう……ってことになったんだけど。
私は、もう一度チラッと部長を見る。
なんで私が部長とペアに……。
それに、部長は完璧だろうし、私が直すところもない。
問題なのは、私の方だ。
私はこの前発表できなかったけど、ちゃんと原稿は書いたし、家で練習もしていた。
だけどどうしても人前に立つと……というか、そもそも立つところまでもできないんだ。
中学生の時のトラウマがよみがえって、動けなくなる。
たった五人の部員の前でも発表できない私が、文化祭の体育館で発表?
そんなの、できる訳がない。
自分を変えるにはこれが一番良いチャンスだけど、いきなり体育館で発表なんて、本当に無理だ。
原稿を見てもらう前に、やっぱり辞退したい。
そこまで考えて、私はハッとした。
もしかして、今が部長に伝えるチャンスなんじゃ……?
部長と会話なんて緊張するけど……。
私は話しかけるチャンスを伺おうと、チラチラと部長を見る。
「なに?書き終わったの?」
視線に気付いた部長が、目線を上げて私を見た。
「えっ…………、は、はいっ」
げ、原稿は既に書き終わってるけど、そういうことではなく……。
だけど、肝心なことは言えないまま部長は私の原稿に目を通す。
サッと目線を走らせて、原稿を読んでいく先輩。
私は、体を縮こませながらそれを待っていた。
……な、なんか、原稿を読まれるの恥ずかしいな。
私の発表自体は部長も見れてないし、私の稚拙な文章、ちゃんと伝わる……?
もしかしたら、部長からめちゃくちゃ罵倒されるかもしれない。
そんなことになったら、私もう無理だ……。
そんな未来しか見えなくて、私は血の気が引いてくる。
読み終わった部長が、紙を机に置いた。
そして、口を開く———。
「…………良いじゃん」
予想と正反対の言葉が返ってきて、私は拍子抜けする。
「え…………?」
「テーマにした『月』の調べ学習、構成と内容、全部文句なしだよ。……すごい」
顎に手を当てて、しみじみと呟く部長。
……い、今の言い方、心からすごい……と言った風に聞こえた。
「律月……だっけ?」
いきなり名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
「は、はい」
小さく頷くと、部長は私の目を真っ直ぐ見てきた。
「律月、月が好きなの?」
「あっ……、はい。名前に、『月』の字が入ってるので」
勝手に、月が好きになった理由まで口から流れ出てしまった。
やば…………、こんなこと言っても、部長は困るだけだよ。
発言に後悔して、私は口をつぐむ。
そしたら、部長は一瞬目を伏せた。
「……私も。名前に『太陽』が入ってるから、太陽好きなんだ」
私は、部長を見て思考を巡らせる。
たしか部長の名前は、瀬尾夕陽……だ。
名前が、夕陽。たしかに、太陽だ。
「……一緒だね」
普段、ほとんど笑わない部長が、笑みを浮かべた。
すごく嬉しそうに、優しく。
私は、その笑顔に目を奪われてしまって固まる。
「律月、こんなに良い原稿書けるのになんでこの前発表しなかったの?」
部長は話題を変えて私の原稿に目を落とす。
私はパチパチと瞬きをして、言われたことを理解する。
「……や、とんでもないです。良い原稿だなんて。私なんか……」
私は、困惑して下を向く。
お世辞で言ってもらえるだけでもありがたい。
私なんて……全然、ダメだ。
「なんで、そんなに自信持てないんだろうね」
なかなか顔をあげない私に対して、部長は独り言でそう呟いた。
私は、顔を上げられず下を向いたまま。
……なんでって、私が聞きたい。
どうして、こんな風になってしまったのか。
なんで、こんなに自信が持てなくなってしまったのか。
———原因に心当たりのある、中学生時代の自分に聞きたいよ。
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