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⛅
「律月」
名前を呼ばれて、パッと前を向いた。
気が付けば、部長は私のことを見ていた。
「原稿、確認してほしいんだけど」
「あっ……、はい」
部長は、原稿を私に渡す。
……ダメだ、中学生の時の記憶がよみがえっていた。
これを考えていると、他のことが考えられなくなってしまう。
私は頭を振って、昔の記憶を追い出す。
……忘れなきゃ。思い出したら、何もできなくなってしまう。
私は頭を切り替えて、部長か原稿を受け取って中身を読んでいく。
必死に、原稿に頭を戻そうとしていたんだけど。
……読みながら、鳥肌が立っていくのが分かった。
すごい。すごすぎる。
この前の発表も聞いたけど、その時よりもさらに改良されている。
文字が、スッと頭に入っていく。
目で追うのと、頭での理解が同時にできる。
文章の繋げ方も上手くて、本当にすごい。
……部長、天才だ。
「どう?直した方がいいところある?」
真剣な目をして聞いてくる部長に、私はブンブンと首を横に振る。
「い、いえ……。直すところなんて、何もっ」
私は両手で原稿を返すけど、部長はなかなか受け取らない。
「本当?後輩だからって、遠慮してない?」
「そ、そんなことないですっ。本当に、素敵でしたっ」
私にしては強く、そう伝えると部長は「そう……」と、やっと紙を受け取ってくれた。
そんなに、ためらうことないのに。
「じゃあ、お互いに原稿は問題なしだね」
筆箱を片付け、フッと息をつく部長。
……言うなら、今かもしれない。
「あ……あの。部長」
満を持して、私は部長に声をかける。
その声に、パッと顔を上げた部長。
「え、えっと……、」
自分の意見を言うのは……緊張するし、怖いけど。
言わなきゃ、伝わらない。
私は、顔を強張らせて、部長を見る。
「私、文化祭の発表を…‥…、」
「辞退なんて、言わないでよね」
声をかぶせてきて、私は目を瞬いた。
……な、なんで分かったの?
驚きで目を丸くする私を見て、部長は眉を上げる。
「なんとなく分かるよ。律月、そんな顔してるもん」
サラリと言われてしまって、私は思わず顔に手を当てた。
「そんなに、自分に自信が持てない?」
真っ直ぐ目を見つめられて、私は黙ってしまう。
……部長には分からないだろうな。
部長はすごいし、カリスマ性があるし、天才だし。
こんなただの普通の人……いや、普通の人にもなれない私の気持ちなんて、分からないよ。
「……人前に立つことができないんです。この前だって、できなかった。それなのに、体育館で発表だなんて、無理に決まってます」
やる前から、そんなこと言うな……なんて、言わないで。
一回、経験したことがあるから。
私はできない。そんなことできない。
必死に部長を見つめると……。
「……私だって、本当は嫌だよ」
部長は、背もたれに寄りかかり、盛大なタメ息をついた。
…………え?
「私だって、部員が刺激のあることがしたいとかかんとか言ってたから提案しに行ったけど、本当は嫌だよ。怖いし、失敗するかもしれないし」
視線を外しながら、ボソボソ話す先輩。
私は、それをポカンと見ていた。
「えっ……、でも、部長は天才なのに」
思わずこぼしてしまった本音。
私は、やばっと手で口を押さえた。
「なに、天才?私が?まさか」
部長は、視線を戻して手を顔の前で振る。
「部長だから、堂々と振る舞ってるだけだよ」
部長はそういう風に言うけど……。
とても、そんな風には見えない。
「……自分に自信が持てないのは、みんな同じ。律月だけじゃない」
部長は、ハッキリと言い切る。
そして私を見て、少し笑った。
「別に完璧を求めなくていいんだよ。まず一歩を踏み出せれば」
部長にそう言われて。
パッ……と、胸が晴れるような気がした。
初めて人に投げかけた、自分の気持ち。
それをちゃんと受け止めてくれた部長。
何だかすごく嬉しくて。
「……あ、ありがとうございます」
部長にお礼を言って、私は頭を下げる。
「律月は、そういう礼儀正しさや常識がちゃんとしてるから大丈夫。だけど…………、」
部長は、ふいに私を見て言葉を止めた。
「名前で呼んでほしいな。部長……って呼び方、堅苦しい」
部長はそう言って、ちょっとツンとする。
……そんな部長が可愛く見えてしまって。
「わ、分かりました。……夕陽先輩」
初めて名前で呼んだから、ちょっと照れる。
そしたら、夕陽先輩も同じように頬を染めていた。
……こんな風に部長を見たら、ただの普通の先輩に見える。
今まで、先輩の存在が遠すぎて、距離を置いてしまってたけど……。
普通に、お話しても良いのかな。
夕陽先輩なら、私のことちゃんと見てくれるかな。
そんなことを思いながら、私は無意識に胸が震えて下を向く。
「……うちらの原稿はOKだけど、あとは向こうの四人……」
部長の視線の先、二人組でペアを組んでるはずなのに何故か合体して四人グループになってる人たち。
四人で楽しげにおしゃべりしている様子だ。
……仲良しだな。
「あれ、絶対進んでないよね。もう……、ほんと余計な仕事増やしてくれるな」
夕陽先輩は頭を抱え、立ち上がる。
「あんたたち、ちゃんと進んでるの?特に二年がやってないとか、有り得ないからね」
いきなりの部長のおでましに、一年の二人はヒェッと怯えて、先輩二人は「「やば」」と首をすくめる。
軽いお説教が始まって、私はそれを呆気に取られて見ていた。
……なんか、ちょっとだけ心が軽くなったかも。
昔のことを思い出して、何もできなくなってしまった私を、救い出してくれた。
ポッ……と、冷たく冷えていた心が、明るくなる。
私は、さっきまで不安で押しつぶされそうだった心が、少し軽くなっているのに気が付いた。
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