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文化祭まで、あと二週間。 夕陽先輩にチェックしてもらった原稿は、一発OKで先生に提出。 私がチェックした夕陽先輩の原稿も、すぐに先生に提出。 ……なんだけど、問題なのは同級生たちだった。 「うーん。そこだと、『彗星は二酸化炭素やガスからできている』って付け加えた方が良いかも」 「えっ!」 「あと、ここも文の繋ぎ目おかしいよ」 「嘘ぉ!」 男子の先輩からペケの付けられた原稿が返ってきて、一人はガクッと首を落とす。 「暁音ちゃんは……、ちょっと言葉のレパートリーが少ないかも。こことこことか、全部同じ言葉の使い回しだし」 「うう……。語彙力なくてすみません……」 女子の先輩から返ってきた原稿を見て、こっちも肩を落とす一人。 私はその光景をこっそり見て、ポカンと口を開けていた。 「すごい直されてる……」 「通常、これぐらい普通じゃない?律月のがすごかったんだよ」 独り言のつもりだったのに、夕陽先輩に声を拾われて私はドキッとした。 隣を見上げると、夕陽先輩。腕を組んで、四人を眺めている。 私は、「そ、そうですか……?」と返事に困った。 「え、ずるーい!夕陽、律月ちゃんに名前で呼んでもらってる!」 突然先輩が叫びだしたから、私は肩を跳ね上げた。 な、なにっ?私? 今叫んだのは、二年生の女子の先輩。 同級生の原稿を見ていたはずが、こっちにやってきて、夕陽先輩の腕にくっつく。 「律月ちゃん、私のことも名前で呼んで!私、香澄だよっ」 「え、えっ?」 いきなりのことに動揺する私に、夕陽先輩は冷静に先輩のことを引き離す。 「香澄、声大きいよ。香澄がさ、律月がいつも一人でいることが気になってて。だからずっと仲良くなりたかったんだって」 夕陽先輩にそう言われ、私はポカンと先輩を見る。 そしたら、先輩はてへっと私を見た。 「だって私、名前で呼んでもらったことないもん。良いっ?」 目をキラッと輝かせて、私を見つめる先輩。 私は、そんな目で見られてしまって緊張してしまう。 「で、でも……」 訳は、こんなに注目されるべき人間じゃない。 私と仲良くなったって、何も良いことはない。 なのに、私と仲良くなりたいなんて……。 下を向いて考え込んでる私を、みんなが見ている気配。 ……常に、一人でいたい。周りと仲良くなると、常に何か期待されているような気がする。 それが自分の重荷だったし、それを背負っていくのが、怖かった。 でも、夕陽先輩とは歩み寄れた。それは、相手が自分の心を開いてくれたから。 向こうから、相手が、自分に歩み寄ってくれてるのに、それを自分から拒絶してたんだ。 ……怖がらないで、自分から、歩み寄らなきゃ。 「わ……、私でよかったら、仲良くしてください」 今の私の、最大限。 思いを込めて、声にする。 「……もっちろん!やっとおしゃべりできるよ、律月ちゃん!私の名前、香澄ね!香に澄で、香澄ね!」 「そのまんまじゃん」 元気な香澄先輩の声に、冷静にツッコミを入れる夕陽先輩。 「え、じゃあ、俺もっ。曜大だよ、よろしく」 「ようだい、ってホント珍しい名前〜」 「香澄だって、だいぶ珍しい名前じゃないか?」 「そんなことないよー!結構、メジャーじゃない?」 今度は、香澄先輩と一緒に話をする曜大先輩。 ……こうやって、私にだけ話題を求めるんじゃなく、みんなで会話をしていられるのは、すごく楽だ。 私は、そんな先輩たちが微笑ましくて、思わず微笑む。 「律月ちゃん!私たちも!」 「同級生なんだから、話したい!」 ドドドッと、すごい勢いで突進してきた、同級生二人組。 私は、反射的に体を縮めた。 こんなに目が合うのは初めてで。 「で…………でも、私、よく夕陽先輩と話しちゃうし……」 この前、それで私の話をしていたんだよね? だけど同級生たちは、ポカンと顔を見合わせる。 「夕陽先輩と話しても、良いけど?」 「うん。逆に、話せるのすごいよね?ってずっと思ってた」 私は、互いに頷きながら話す二人に「えっ」と声が出た。 「で、でも、前に夕陽先輩と話してるのが、どうのって……」 何の話か分からないけど会話の中に自分の名前が入っていて、不思議がってる夕陽先輩。 「えっ。そんなこと言ったことあるっけ?」 「え……、ないと思うけど、強いて言うなら『律月ちゃん、夕陽先輩と話せるなんてすごいね』ぐらいじゃない?」 「あー!それなら言ったかも。『実は年上の方が話しやすいのかな』って!」 私は、目を瞬いて言葉を理解する。 ……それってつまり、もともと私の悪口じゃなかったってこと? 私の、勘違い……。 ずっと被害妄想をしていたらしい私は、両手を頬に押しつけて目をさまよわせた。 「それよりさっ、私の名前、知ってる?」 申し訳なさに固まってる私の様子に気付いていない、短い髪を束ねてる子が私をじっと見てきた。 「……し、知ってるよ。叶ちゃん、だよね」 一応、同級生の名前ぐらいは知っている。 「え!私は⁉︎」 もう一人は、顔立ちも華やかで明るいキャラの子。 「え、えっと、暁音ちゃんだよね。クラス一緒だし」 そう。この子とは、クラスが一緒なのだ。 クラスでも常に明るく賑やかで、私とは一番距離の遠い子。 私が、気押されしちゃうタイプだ。 「えー!覚えてるんだ⁉︎」 「一回も名前呼ばれたことないから、知らないのかと思っちゃった!」 二人は、何だか嬉しそうにキャピっとする。 「律月ちゃん、これからは名前で呼んでね!」 「よろしくね〜、律月ちゃん!」 二人は、ニコニコと可愛い笑顔で私に顔を近付ける。 こ、こういう距離の詰め方、私は緊張しちゃうし、慣れないけど……。 「よ、よろしくねっ」 私も笑顔を浮かべて、叶ちゃんと暁音ちゃんを見た。 「やっと、みんな仲良くなれたんじゃないっ?」 「いつも、夕陽と律月ちゃんだけ孤立してたからさぁ。気にしてたんだよ」 香澄先輩と曜大先輩が、夕陽先輩を見る。 「私だって、大人数でワイワイするのは好きじゃないから。だから、律月の気持ちもちょっとは分かるんだよ」 夕陽先輩は、チラッと私を見て、すぐに視線を外す。 ……そうだったんだ。 だから、いつも周りにつるまないで一人でいたんだ。 身近なところに共感者がいて、ちょっと驚く。 「まぁ、そういう人もいるよね。とにかく!これで天文部は団結した!みんなで文化祭、成功させよう!」 満面の笑みを浮かべていた香澄先輩は、「あっ」と思い出したような顔になる。 「って、二人の原稿、まだ終わってないじゃん!」 その声に、一年生の二人は思い出したように席につき、ヒィィッとペンを動かす。 「それにしても、律月ちゃんはすごいね。夕陽から、一発OK貰ったんだ?」 曜太先輩が、まるで面白いものを見たかのような瞳で私を見てくる。 私は、「え、えっと……」と何か喋ろうと口を開く。 「文章にはうるさい夕陽がOK出すぐらいなんだから、よっぽどすごかったんだね。いいなー、私も原稿読みたかった」 残念がってる香澄先輩。 ……私の原稿って、そんなに良かったの? みんなの前で発表できてないし、夕陽先輩に良いって言われただけの原稿なんだけど……。 「律月ちゃんは理科が一番好きな教科なの?」 香澄先輩にそう聞かれ、私は開け閉めしてた口を開く。 「い、いや……。私が一番好きなのは、国語です」 ボソッと、小さく呟く。 「「文系⁉︎」」 そしたら、驚愕した様子の香澄先輩と曜太先輩の声が被った。 その勢いに私は身を小さくする。 私が好きなのは天体……月だけで、別にその他の理科の科目は得意じゃない。 それに計算も苦手なぐらいだ。 「別に理系文系なんて、どっちでもいいでしょ」 腕を組んで話を聞いていた夕陽先輩に、先輩二人はちょっとやさぐれたように目を細める。 「そんなこと言えるの、夕陽だけなんだよなぁ」 「この人、全教科オール5の天才だから」 私は、首をぐりっと夕陽先輩に向けた。 全教科オール5⁉︎ 「もう、そんな話どうでもいいから。早くその二人なんとかしてやりな」 呆れた夕陽先輩は、「ちょっと職員室行ってくる」と理科室を出て行ってしまった。 顔を見合わせる、私と先輩たち。 「じゃあ、律月ちゃんも手伝ってよ」 香澄先輩の声に、私は「えっ」と固まる。 「同級生の方が教えやすいと思うし、まず叶ちゃんの方手伝ってあげて」 曜大先輩にも言われ、私はさらに硬直する。 手伝いって……、私が、原稿の添削しろってこと? そんなの無理だよ! 「わーっ、助かる、律月ちゃん!」 私は、ニッコニコの叶ちゃんの隣に座るけど……。 本当に、私なんかが添削して大丈夫なの? こんな大事な仕事、私じゃない方が……。 そう思ってしまうけど、夕陽先輩や他の先輩たちが私の原稿を褒めてくれたんだから……ちょっとは、自信持たないと。 私は、ゴクっとツバを飲み込んで叶ちゃんの原稿を覗き込む。 「さっき、曜大先輩から文の繋ぎ目おかしいって言われて直したんだけど、どう?」 叶ちゃんが指差したところ……。 『彗星は、二酸化炭素やガスでできてて、なので太陽に近付いたら熱で消えてしまう』 って書かれてる。 「……え、えっと。もし私が書き直すなら『ガスでできているので、』ってまとめちゃうかも。あと『近付いたら』ってちょっと話し言葉っぽいから『近付いた場合』とかにするとか……?」 話しながら、だんだん良いのか悪いのか分かんなくなって、自信がなくなっていってしまう。 「……たしかに!そのまとめ方良い!」 だけど叶ちゃんは嬉しそうに頷いた。 そして、消しゴムで今の箇所を消して新たに書き加えていく。 「えっ、今ので、良いの?」 提案しときがら思わず聞くと、叶ちゃんは「うんっ!」と頷く。 「律月ちゃん、すごいよ!私じゃ思いつかなかった!」 叶ちゃんは書き終えた原稿を曜大先輩に持っていき、読んでもらう。 「…………うん。良くなってる。ってか、これで良いと思う」 「やったー!」 叶ちゃんは嬉しそうにジャンプして、私に笑顔を向けた。 「ありがと、律月ちゃん!」 本当に嬉しそうに笑ってて、私は胸が温かくなる。 「よ、よかった……。こちらこそ」 安堵の表情を浮かべると、暁音ちゃんも「律月ちゃんヘルプ〜!」と私を呼ぶ。 「えっ、わ、私っ?先輩いるよ?」 「だって香澄先輩、アドバイスくれないんだもんー」 「そしたら、私の文章になっちゃうじゃん!自分で書いてよね〜?」 香澄先輩はニッと笑い、私のために席を空ける。 恐縮しながらも私はそこに座り、暁音ちゃんの原稿を見る。 「ここ……、漢字間違ってるかも。あと、ここは『ワクワクする』を『期待する』に置き換えられる」 私は、なるべく暁音ちゃんの文章をいじらないで、指摘されたポイントを直していく。 「できたーっ!香澄先輩、どうですかっ⁉︎」 原稿を渡された香澄先輩は、中身を読んで……。 「おーっ、だいぶ良くなってる!及第点かな!」 「キュウダイテン?よく分かんないけどやったー!」 暁音ちゃんは、先にクリアした叶ちゃんとハイタッチで喜ぶ。 「律月ちゃん、天才だね⁉︎すぐにオッケーもらっちゃった!」 「い、いや、天才だなんて、そんな」 「そんな遠慮しなくて良いんだよ?律月ちゃん、天才だよ!」 「律月ちゃんって、すごい控えめだよね。もっと自信持ちな!」 叶ちゃんと暁音ちゃんに声をかけられ、私は今まで感じたことのない気分に包まれる。 ……人から褒められたり、自信になるような言葉言われたの、いつぶりだろう。 すごく嬉しくて、幸せで、私は自然と笑みが浮かんでくる。 「あれ、二人ともできたの?」 職員室から戻ってきた夕陽先輩が、私たちを見回して言った。 「夕陽先輩!」 「律月ちゃんが、添削してくれたんです!」 二人は口々に夕陽先輩に言い、彼女は「へぇ」と私を見る。 「律月、やったじゃん」 夕陽先輩は、珍しくニッと口の端を持ち上げている。 いつもしないその表情が嬉しくて、なんだか認められてって気がして、私はもっと笑顔になってしまう。 「…………はいっ!」 そして、久しぶりに心から笑った気がした。
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