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 その日は朝5時に起きた。  既に日が昇り始めていて、外は薄っすらと明るい。  皆で簡単に朝食を食べ、漆塗りの祖父に挨拶をする。 「今は普段着でいいからね」  祖母から言われて普段着に着替え、化粧もそこそこに7時ごろに家を出た。  辺りにはぼんやりと(もや)が立ち込めている。  これから神社に行くんだよと、祖母を先頭に家族4人で早朝の小森を歩く。  母は朝からどことなく機嫌が悪く、反対に父は小さな葛籠(つづら)を嬉しそうに両手で抱えていた。葬式の朝にいったい何があるのだろうかと、私一人が知らないことに不満を覚え、出がけに聞いた「行けば分かる」という言葉が頭の中で繰り返し流れた。  そんな気持ちのまま15分ほど歩くと、やがて(もや)の向こうに何か大きな黒い影が見えてきた。  畷道(なわてみち)が先も(おぼろ)に真っ直ぐと伸び、何やら隔絶された別世界へと(いざな)われているようにも見える。気のせいか、ドンッと一つ、太鼓の音も聞こえる。  そのまま進むと大きな黒い影が徐々に実体を表してきた。  コンクリートの鳥居が立ち、畷道(なわてみち)がそのまま石畳の参道になって奥へと消えてゆく。  祖母が言っていた神社であった。  鳥居の扁額(へんがく)はコンクリートには似つかわしくない古ぼけた木製のものだったが、金泥(きんでい)の文字は近年誰かが補修したようで、くっきりと小森稲荷神社と書いてあった。  高速道路を移動中に母が「……お稲荷さんよ」と言ったあの神社だなと見上げていた私を、他の3人は構わずどんどん中へ入ってゆく。  置いていかれまいとして、私も慌てて境内に踏み込むと途端に空気が変わった気がした。高い木々の木漏れ日の中を、石畳が凛として通り、先ほどまで立ち込めていた(もや)も見えない。時折聞こえる葉擦(はず)れの音が、俗世との隔たりをいっそう感じさせる。  そぞろに周りを見ながら歩いていると、古い石灯篭(いしどうろう)や石碑のようなものにも神社の名前が刻まれていることに気が付いた。  狐森神社、狐守十日神社、或いは、狐守稲荷神社とその名前はどこかちぐはぐだ。やたらと狐が多いのはお稲荷さんだからだろうか。 「ここはかなり古いみたいでね、その時代時代で色んな漢字を使ったみたいなんだ」  視線を察したように父が教えてくれて、歴史が古いとそういうこともあるのだなと漠然と思いながら、私は前を向いた。 「お稲荷さんということは、神様は狐なの?」 「違うよ。お稲荷さんの神様は宇迦之御魂神(うかのみたま)だね」 「ウカノミタマ? あ、また太鼓」  気のせいだと思っていた太鼓の音は、石畳を進むにつれて大きくなっていく。  やがて木々が二車線道路で中断すると、その向こうにはつい先ほど見たものと同じような鳥居と、道沿いの駐車場には軽トラックと共に霊柩車やワゴン車が止まっているのが見えたのだが、その景色にそぐわない美味しそうな匂いも漂ってきた。  太鼓の音も、美味しい匂いも、理由はその先にあった。  二つ目の鳥居をくぐって少し歩いたその先には古色蒼然(こしょくそうぜん)としたお(やしろ)が見え、その手前に屋台があったのだ。太鼓はと言えば、参道を挟んで屋台の(はす)向かい、お社に近い位置に見えたのだが、更にその太鼓の近くには小さな白木の祭壇が組まれているようである。 「なに、あれ?」  その祭壇の手前、である。  私の視線はそこに釘付けになった。  祭壇の前では、見慣れぬ真っ白い浄衣(じょうえ)を纏った神主らしき人物がじっと立っている。  そして、祭壇とその人物の間には(ひつぎ)が置かれていた。頭に浮かぶのは昨晩、運び出された曾祖母の棺、駐車場に止められた霊柩車、そして私たちがここにいること。  そこから連想されるのは、あの(ひつぎ)が曾祖母のものであるということだった。
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