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七
「掛けまくも畏き――」
青天の下、清白な浄衣を纏った見知らぬ男性が祝詞を読み上げ始めた。
横を見ても二軒の屋台にいるのは私が知らない人。
祭壇を見守り、頭を垂れる10名だけが、私の知る人たちだった。
「ひふみ よいむなや――」
あまり聞いたことがない言葉が続き、やがて皆が頭を上げて、小さく唸りながら椅子に腰かける。私も忘れていた呼吸を思い出し、「んんー」と伸びながら、大きく深呼吸をした。
今まで参列したことはなかったのだが、これは恐らく神式の葬儀ではないか。そう思いながら辺りを見回すも、やはりどうにも違和感は拭えない。
集落の老人たちは、銘々が屋台で焼きそばや焼きトウモロコシを買い、口に頬張っている。祖母はどうしているのかと視線を彷徨わせれば、いつの間にかいなくなっていた。それも、祖母だけでなく、もう2名ほど姿が見えない。
この時間は、この空間はいったいなんなのだろうか。
葬儀、と考えれば私の中では一応は腑に落ちる。
だが、集落の人たちは靄靄として、到底、葬儀と呼べる雰囲気ではない。
矛盾。
私の心が漣立つ。
処理しきれない感情をグッと飲み込む。
感情が追い付かずにいると、やがて視界の外から狩衣と立烏帽子に狐面、その後ろ、白い小袖に緋袴、そして千早を纏ったお多福面が入ってきた。
二人は祭壇とお社の間に進むと少し背が高くなった。
いや、よくよく見れば、舞台が用意されていたのだ。
「お婆ちゃん……」
そう直感した。
お多福面の横顔や立ち姿は、衣装が変わり、お面を付けたところで、やはりどうにも祖母だ。太鼓を打っているのは間違いようもなく昨晩見た顔で、そうなれば、狐面も集落の人なのだろう。
笛の音もなく、狐面の人物とお多福面の祖母は舞台の中央から対角線上に位置取り、円を描くように、そろりそろりと歩き始めた。
ドオンと鳴れば今度は大股にと、太鼓の音を合図に動きを変える。
鮮やかな陽射しの下で、ひらひらと千早が舞う。
里神楽と呼ばれるものだろうと思うのだが、説明がないのでただ眺めることしかできない。両親に「この踊りにストーリーはあるの?」と聞いても、首を横に振るばかり。
最後は距離を縮めて回っていた二人が、すれ違い、また振り返ってお互いを見て終わった。集落の人たちはどこか懐かしむようにそれを見ていた。
そして再開される和やかな空気。祖母と狐面役のお爺さんが戻ってくれば、拍手で迎えられ、境内のお茶会は更に盛り上がった。
父はそこに混じり、母は変わらず口をへの字にしている。
私は憤る。
曾祖母の棺を前に顔を綻ばせている住民たちに。
私は懐かしむ。
賑やかな小森の過去を見たような気がして。
私は哀しむ。
この集落がそう遠くない未来に消滅することを。
私は、私は、私は……
綯い交ぜの感情をしまい込み、父が買ってくれた焼きそばを、涙を滲ませながら黙々と食べた。
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