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一
曾祖母が死んだ。
小満を過ぎ、そろそろ月末のことを考えようかという頃に。
齢103の大往生だった。
上司から押し付けられた終わらない残業。
薄い罪悪感と共に中座してスマートフォンの通知を眺めていたとき、丁度、母からメッセージが届いたのだ。
『お婆ちゃんが死んじゃった』
簡潔に書かれた内容にかえって母の動揺を感じた私は、誰もいない職場に別れを告げて、急いで帰宅した。
最期を看取った祖母からの電話には母が出たらしい。
そしておろおろしながら私にメッセージを送ったのだ。
お婆ちゃんだけでは誰か分からないと、私が家に帰るなり聞いたことで、母は少し落ち着きを取り戻した。
もう30年弱、母の娘をしているが、こういうときの母はどうにも頼りない。
もっとも、200歳まで生きるのではないかと言われていた、あの優しい曾祖母が亡くなったことに、私も少なからず動揺しているのだが。
「あ、茅花、お帰り」
居間で軽く食事をとりつつ、母から通夜式と葬儀の予定を聞く。そして仕事のスケジュールを確認していると、父が奥から出てきていつもと変わらぬ様子で言ってくれた。
お父さんは悲しくないの? と私が問えば、「もちろん悲しいさ。でも、佳く生きたんだから笑顔で送ってあげないとね」と柔らかに言うのだ。そのときの私はただ、ふーんと思うばかりだったが、後になって思えば、父は母からあの葬儀のことを聞き及んでいたのだろう。
――それが昨日の夜のことだった。
私たちは今、父の運転で東へと向かっている。
納棺が行なわれる母の実家は、東北地方の小森と言う山間の集落にあった。
自宅にほど近い青梅インターチェンジから圏央道に乗り、順調なら40分ほどで久喜白岡のジャンクションで東北道に合流できる。更に北上すること3時間ほど、宮城県の村田ジャンクションから山形自動車道に進む。だが、それでもまだ辿り着かない。その後、山形ジャンクションから東北中央自動車道に入って村山で降り、下道を1時間ほど行く。
つまり、自宅から5時間弱の長い長い車の旅なのであった。
私たち家族の気持ちに遠慮しない群青の空の下、平日の圏央道はそれなりに交通量はあるものの幸いにして渋滞はしておらず、スタートは順調。後部座席の窓から外を見れば道路のすぐ上には、私の気持ちを表したかのような空気の層が見えるが、文明の利器、クーラーの仕事も順調である。
車内にはほぼ会話がなく、窓ガラス1枚を隔てて、私は何やらふわふわと世界から浮いているような感覚に囚われた。いやに現実味がない。本当は夢を見ているのではないだろうか。
……現実味がない。
コンクリートで固められた法面を眺めながら、私はつい最近のことを思い出した。
「僕と結婚してくれないか」
3年間付き合った同年代の恋人からそう告げられたのだ。
私は、
「検討させて」
と素っ気なく答えた。
別に彼のことが嫌いなわけではない。同じ会社に勤める彼の評判は優秀ではないが悪くはない。給料も年相応に貰っている。性格も言動も柔和で、よく気遣いが出来る人だなと思う。容姿は、若白髪が目立つが良い方だと思う。私と同じアラサーと言われる年代にも関わらず、お腹も出てきていない。会社にほど近い神社の息子で十日などという変わった名字だったが、三男坊で跡を継がないためか、平凡な私の名字に変えるとも言ってくれている。
けれど、ピンとこないのだ。
響かないのだ。
どれだけ言葉を交わしても、どれだけ体を重ねても。
確かに好きであることは間違いない。一緒にいると幸せな気持ちになれる。瞳の奥を見つめたくなる。その唇に、肌に触れ、体温を感じたくなる。一挙手一投足から気持ちを知りたくなる。
けれど、
けれども、
触れれば忽ちのうちに粉微塵に砕けてしまいそうな、そんな違和感も感じていた。
結婚という儀式を行なうことで、もし私が違和感の正体に気付いてしまったら――
恐いのだ。
彼のすべてを知ることが。
私のすべてを知られることが。
「羽生のパーキングに寄ろう」
東北道に入っていたことも分からなかった私の耳に父の声が優しく響く。
ふと空が視界に入れば、遠くに雨雲の気配を感じた。
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