さくら、さくら。

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 ***  ここまで話すと、そのさくらさま、になんか妙な曰くでもあるんだろう?と君は思うことだろう。  そういうわけじゃない。本当に、その桜の木におかしな噂なんて何もなかった。怪談とか、七不思議的な話は何一つ。触ると祟られたなんて話も、何も。  あの日までは。 「今日ドッジボールだっけ?」  あの日、教室で体操着に着替えていると、唐突にクラスメートの一人であるAくんがそんなことを言い出した。 「どのあたりでドッジボールやるんだろう。マサキ、知ってる?」 「え?どのあたりって、校庭のどのあたりってこと?」 「うんうん」  君も知っての通り、マサキというのが僕の名前だ。Aくんはくしゃりと顔を歪めた。苦しいっていうんじゃなく、心底忌々しいって顔で。 「さくらさまの前あたりだったら、やだな。ドッジボールやっている間、ずっと視界に入るじゃん。俺、桜って嫌いなんだよね。特にさくらさまは大嫌い」 「え、ええ……?」  彼が桜を嫌っているなんて話、今まで何度も遊んできたのに初めて聞いた。僕は困惑してほかの友達と顔を見合わせたものである。今日、正確にはこの時間になって急に態度が豹変したように見えたからだ。 「どうしたの、Aくん。去年も一緒にお花見したし、その時そんなこと言ってなかったじゃん。何か嫌なことでもあったの?」  この“嫌い”の対象が人間だったならまだ想像がつく。その人と揉めたんだろうとか、その人に嫌なことでもされたんだろうとか。が、相手はそこに立っているだけで何もしてこない植物なのだ。何でそんなに嫌われなくちゃいけないのか、さっぱり理由がわからなかった。  でもって、Aくんはと言えば。 「昔から嫌いだったよ。でも、みんなが好きみたいだから黙ってたんだ。でも、もう我慢できなくなったから」  こう繰り返すばかり。何で嫌いなのか、は一切説明してくれなかったのである。  で、この日のドッジボール。Aくんが懸念していたように“さくらさま”の正面スペースでドッジボールをやることになったのだけれど。普段なら誰より負けず嫌いでドッジボール大好きなAくんが、この日は奇行に走った。  なんと、ボールを取ると“さくらさま”の木にひたすらぶつけようとするんだ。まるでそこに親の仇でもいるみたいに。 「やめてよ、Aくん!それじゃゲームにならないし、桜の木が可哀そうだよ!」  クラスのみんなが止めても、Aくんはちっとも聞いてくれやしない。 「うるせえ!そこに桜の木があるからダメなんだ!そいつをぶっ壊してやらなくちゃ気がすまねえんだ!」  彼はそう言って、暴走を続けるばかりであったから。  クラスに友達も多く、かけっこも速かったAくん。突然の変貌に誰もが戸惑っていた。
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