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彼はそれから数日後突然学校からいなくなった。転校することになったらしいけれど、みんなはひそひそと噂したものである。彼はさくらさまに呪われてしまった。だから呪いを解くために、お祓いをしてもらいに行ったのだと。
理屈はわかる。学校で大事にされていた木にボールをぶつけようとしたり、通りがかると蹴っ飛ばしたりと転校直前の彼の行いは散々なものだったから。ただ、それは僕から言わせれば順序があべこべなのである。彼が木を攻撃したから呪われたんじゃない、彼は呪われたから木を攻撃したようにしか見えなかったものだから。
事件は、これで終わらなかった。
なんと、Aくんがいなくなって一週間後、同じことを言い出す子が現れたのである。
それは、同じクラスのBちゃんだった。
「あの桜の木、なんとかならないの?」
いつも大人びた喋り方をする、ませた女の子だった。学級委員をするような真面目で、成績の良い女の子である。そんな子が突然、友達との談笑中にこんなことを言い出したのだ。
「本当に忌々しい。大嫌いなのよね、あのさくらさまとかいう木。何様のつもりなのかしら」
「え、どうしたの、Bちゃん?」
「あれが視界に入るだけでイライラする。なんとか処分できないものかしら。燃やすとか、枯らすとか、方法はいろいろあると思うんだけど」
彼女はこの日、友達を相手にひたすら“桜の木への罵倒”を連ねたのだった。気持ち悪いことに、口調は違ってもAくんと言っている内容はまったく一緒なのである。
実はずっと昔から嫌いだったけれど、みんなが桜を好きだというから我慢していた。我慢の限界に達したからみんなに伝えた、ということ。
桜の木をそこまで嫌う理由を、みんながいくら尋ねても明確に言語化してくれないということ。精々言うのは、視界に入るとイライラするからとか、とにかく無性に腹が立つからというものだ。
そのBちゃんは、桜が嫌いだと言い出した放課後、委員会を無断で欠席した。
嫌な予感がして先生が探すと、彼女は“さくらさま”の樹上に登って、彫刻刀を振りかざしていたのだった。なんと彫刻刀を使って、木の枝や幹に瑕をつけようとしていたらしい。先生達が止めようとすると、彼女は普段の大人しい彼女らしからぬ汚い罵倒を吐き散らして抵抗したという。子供だからどうにかなったものの、暴れる彼女を木から引きずり落とすのは相当苦労したようだ。
彼女はカウンセリングを受けた方がいいということになったらしい。病院で先生に診てもらうと、彼女の普段の言動はまったくといっていいほど異常がなかった。ただ、“さくらさま”にだけは異様なほど嫌悪――を通り越して憎悪の感情を示すし、隙あらば逃げ出して桜の木を傷つけようとするという。
結局、Bちゃんもまた“転校”することになった。本当に転校しただけなのかは、やっぱりわからない。
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