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約束通り、翌日も殿下はやってきた。
他愛のない話をして、二人で食事をとった。時間はたっぷりと過ぎ何もすることはなくなったが、夜になっても殿下は宮へと戻らなかった。私はもどかしさにしびれを切らした。
「殿下、お帰りにならないのですか?」
「帰らない」
「……」
なるほど。殿下は完璧に恋人を演じているのだ。一晩私の元から帰らなければ、周りへのアピールになるだろう。
しかし実際は、深夜の部屋に二人きりなのに、私は友人への手紙をしたため、殿下は書物を読んでいる。
「あっ!!」
私は思わず大声を上げた。
「どうした?!」
「あっ、いいえ、何でも。インク糊の容器を倒してしまっただけ…」
「あーあ、早く拭かなくちゃ」
二人でこぼれたインクを拭いたが、手紙は真っ黒になってしまった。殿下は汚れた手とインク糊の容器をまじまじと見ている。何か気にかかるのだろうか。
「このインク糊、見たことないな。どこの?」
「これは、エジプトのものです。このパピルスも」
「やっぱりそうか!珍しい物持ってるんだね。ちょっと僕にも使わせてよ」
「はい」
私は新しいパピルスを差し出し、黙って殿下の所作を見ていた。何気ない仕草の1つひとつに、美しさと言うか気品を感じる。どこか粗削りな私の文字とは違い、殿下の記す文字は造形も完璧だ。
どんなに私が足掻いても、殿下には敵わないのだろうか。殿下は、生まれながらに皇帝になることを運命づけられている唯一の御方なのだ。
深夜の静けさが辺りを包んでいる。夢か現か、私の部屋に殿下と二人きり、なんて。全くどうしたらいいのだろう。
ただ文字を見ているだけなのに、何故か鼓動が大きく聞こえてしまう。私の鼓動ではなく、殿下のそれかもしれない。そう思えるほど、距離を近くに感じた。
「殿下、ずるいですね」
「え?」
とぼけたように聞き返すのが、やはりずるい、と思う。
「私は、殿下の恋人ですか?」
「やっとその気に、なってくれた?」
質問に、質問で返さないで。
殿下の気持ちを、私はまだ聞いていない。
「カーラー。恋人になってくれるのなら、僕にキスをして」
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