仁義なき日常

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 朝7時。それは幕を開けた。  荒れた風が、私と奴の(あいだ)を横切ると、もぁっと砂煙があがった。奴との距離は1メートル。私が左に動けば、奴は右に動く。  負けはせぬ。  両手を広げ戦に備えると、奴も同じようにした。 「おらぁ。来いや」 『コッケーコッコッ』 「うわぁ。いたた!」  おっと。家で飼っているチャボのコッコが翼を広げ菜花(なのは)に飛びかかってきました。  トキトキに尖った(くちばし)が迫り。 「きゃあぁ。うわぁ。突っ突くな!いたたたた」 「舐めんなよ、ちび(コケッコー、コケー)」  低レベルな戦いが開始する。 「ええい、誰がチビだ。私は、もぅ小学4年生よ。いい、今日と言う今日は、あんたの卵を奪うわよ。コッコ」 『やれるものならやってみな、バカ菜花(コケコ、コケコケコッココッコ)』 「きー。ぐやじぃ」  私の朝の日課は家で飼ってる鶏の卵を取ることから始まる。飼育数は3羽。2羽は普通の鶏。1羽はチャボ。チャボのコッコは気性が荒く、人をすぐに追っかけ、突っ突く。なんでだろうか、それなのに卵は絶品なのだ。オレンジ色の殻に黄金の黄身。卵焼きにしても目玉焼きにしても美味しい。今日の朝ごはんは豪勢にスクランブルエッグにしてくれると母が言うので、どうあっても卵は必須なのだ。  じゅるり。  想像して、よだれがでてしまう。  私はコッコを見下ろした。 「コッコ。黙ってその卵を渡しなさい」 「へいへいへいへい(コケコケコケコケ)」  挑発するようにコッコッは首を小刻みに2、3頷いた。  お前は赤べこか。  枯れ木のような細い足が、爪をたてて威嚇するように砂を蹴る。 『渡さないわよ。私のタンパク質(コケーコッコーーーーー)』 「タンパク質。──綺麗な言葉で表現するんじゃないわよ。お尻から出した物じゃない」 『そうよ、私から産まれたの。ぷりっとね。ぷりっと出てきたのよ。ぷりっと(コケコッコーー。コケコケコケコケ)』 「やめーい。その例え汚いわ。ぷりっとぷりっと、とうるさい」 『じゃあ、ぶりっと(コケ)』 「余計悪いわ」 『兎に角、菜花なんかに渡さないわよ(コケコケコケコケコッコ)』 「ぐぬぬぬ」  一歩。  コッコは私の前に足を出した。赤い絨毯でも敷いてれば、ハリウッドスターのレッドカーペットのようだ。  一歩。また、一歩  ゆっくりと優雅にモデル歩きで私に向かってくる。そのうえ、両翼を拡げれば、まさしく、紅白歌合戦の演歌歌手さながら。 「くっそぅー。朝の太陽光が、スポットライトになってコッコを照らしてやがる」  神々しくコッコは首を上げると(くちばし)の下の赤い肉髯(にくぜん)が、ふるふると憎たらしく揺れる。  神様降臨。  日本には数多(あまた)八百万神(よおよろず)の神様がいる。コッコもその、ひと柱だとも言うのだろうか。 ──その鋭い眼力はこう私に訴えてきた。 『私の卵が食べたいですって10年早いのよ。小童(コケコケコケコケコゥコゥコココ)』  私は眉間に青筋する。 「はっ。10年経ったら、あんたなんてとっくに私の腹の中よ。精肉に加工して食ってやるんだから。そうね、唐揚げにでもしてやろうか。ひぃーひひひひ。卵と片栗で肉を混ぜて、練る練る練るね、で唐揚げができる。デレレレッテレ〜」 『あら、あなた私の卵が食べたいのでしょう。肉にしてどうするのよ。それにあなた、卵が大好きなんてしょう。ほら、小学1年生のときに文集でこんなことを書いたでしょう(コココココココッココココッコココッコーコココ)』 「まっ、まさか」 『題名 お母さんのごはん(コケコケコッコ)』 「やめて、それだけは……」 『お母さんは料理が上手です。なかでも好きなのが卵かけごはんです。世界一の卵かけご飯です』 「ぎゃあぁぁ」 『はっ。卵かけご飯! ご飯のうえに卵のっけて醤油かけただけじゃない。世界一って、それを料理と言わーん』 「いぃゃぁぁ、私の黒歴史を……げふ、菜花30ポイントのダメージを受ける」 『バーカ、バーカ』 「くぅ。10ポイントのダメージが追加された。かくなるうえは、コッコッの卵を食べて、ヒーリングしなくてはいけないのです」 『お馬鹿な菜花に私の大切な卵が奪えるものですか』  コッコは優雅にお尻なんかを振る。  お尻フリフリ。コッコッコッ。  なんて挑発するのだ。 「おバカ、おバカってバカにしないでよね。鶏の癖に」 『よく言うわよ。黒歴史の文集にこんなことも書いてたわね』 「文集のことは言うでねぇ」 『──たかこはんと、いっしょに、あそんだばす』 「ぎゃあ、やめて」 『たかこはんって何』 「たかこちゃんです」 『ちをさっと間違えるならまだしも、は、ってなに、たかこはん。って京都弁か! 舞妓さんか!』 「あぁあ。菜花のダメージ20ポイトン追加」 『それもあそんだ。ばすってなに』 「です。って書きたかったのよ」 『なんでよ。で、が、ば、になるって可笑しいでしょう』 「まだ、しっかりと字を覚えてなかったのよ」 『知らないばす(です)。』 「やめて」 『虐めるのばす(です)』 「堪忍やコッコ」 『楽しいばす(です)』 「楽しくないわぁ!」 『ついでに言わせてもらうは、文集で書かれていた。ってなに?』 「ひぇぇ。それは言わないで」 『だから、なんなのよ。びびんが、ぶぶんが、でれんでって』 「わかんないのよ。自分で書いてて、なんのことやら? 本当に、びびんが、ぶぶんが、でれんでってなに? 呪文」 『自分で書いててわからないってないわぁ~』 「えっぐ。えっぐ……。コッコの卵を食べれば思い出すかも。ぐすん」 『びびんが、ぶぶんが、でれんで〜。呪いの呪文ね。ほうら、びびんが、ぶぶんが、でれんでを唱えて、死ね』 「違う。せめて、パワーアップに変身。にしてあげて。キューティクル菜花。みんなのために月にかわってお仕置きよ」 『ばーか、ばーか』 「ゲフゲフゲフ」  私は膝を地面につき、50ポイントのダメージを食らう。  菜花泣いちゃう。だって女の子だもん。  よよよっとお姉さん座りをしていると、そこに何食わぬ顔で 「──はいはい。また、くだらない妄想してるから、今日も、コッコの卵は私のね」  と妹の若菜が横から、ひょいと卵を奪っていった。 「ちょっと若菜ずるい」 「知ーらない。小学4年生なんだから、いい加減お姉ちゃん。妄想やめたら」 「うるさいなぁ。もう、お母さんー、また若菜が菜花の卵取った」 「うるさーい。朝は忙しいのよ。馬鹿な喧嘩してないで、さっさと卵を持ってきなさい。スクランブルエッグじゃなくて、卵かけご飯にするわよ」  お母さんの卵かけご飯。世界で一番美味しいです。醤油かけて混ぜるだけ。  ああ、今日は満点の青空。若菜が奪ったコッコの卵がキラリと光った。  こうして私の仁義なき日常は続くのだ。 『コケコッコー』
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