ずっと桜は灰色だった

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 今年も、桜の咲く季節が訪れた。中学三年になった今日、緊張した足取りで校門をくぐる。  相変わらず、灰色に囲まれた世界は同じだけど、以前の色が少しずつ戻ってきた。緑や黄色も見えるようになって、お母さんもホッとしている。  ただやっぱり、桜はちょっとだけ好きになれない。 「はいこれ、頼まれてたやつ」 「わー、すごい! ありがとう」  三年三組の教室の前。待ち人が現れて、イラストマーカーの入った紙袋を受け取る。  灰木くんと、違うクラスになってしまった。新しい季節は、別れまで運んでくるからちょっぴり嫌い。そんな気持ちになるなんて、今までの自分では考えられなかったけれど。  河原の雨除けの下では、絵を描くだけではなく、一緒に勉強をするようになった。お互いの苦手な分野を教え合って、ご褒美に絵の交換をしたり。  わたしにとって、灰色でしかなかった桜は、まだ知らない春を教えてくれた。  三年一組の一番うしろの席で、わたしは小さく息を吐く。当てられる前から、ずっと考えていた。  ゆっくり立ち上がり、まっすぐみんなの方を向く。見守るような青海(あおみ)さんの眼差しを受けて、心を落ち着かせた。  大丈夫。わたしは、わたしのままでいいと気づけたから。 「わたしは春が好きです。桜を見ると、一年の初めと終わりを感じられて、いろんな気持ちを思い出させてくれるからです」                 fin.
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