ずっと桜は灰色だった

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*** 「うーん、精神的なものが原因かな。視力は落ちてないし、病気が悪化してるわけじゃないから」  検査を終え、医師の診断を受けて病院から帰宅する。  最近、目に映る色が狭まっている。以前まで見えていた緑や黄色までが青っぽく写り、黒と白以外はほとんど灰色だ。  色のない世界とは、こうして出来上がっていくのかと、しみじみ実感している。 「大丈夫。必ずよくなる。お母さん、桜病(さくらびょう)にいいメニューまた考案したから、きっと効果でるよ」  運転しながら、お母さんは明るい声で笑った。わたしの気が落ちないように、いつも元気に振る舞っている。 「だから、彩芽は気にしなくていい。あまり思いつめないでね」 「うん、ありがとう」  優しい横顔の飾り気のない唇が、いつもより寂しそうに見えた。  これ以上、心配をかけたくない。  春休みに入って、二週間ぶりに秘密基地へ向かった。あれから、灰木くんが使っていたかは分からないけど、さすがに今日は来ないはず。  そんな考えは甘かった。ノートを開いて、鉛筆を握った矢先に足音がした。 「あ、久しぶり」 「……どうも」  黒いパーカーを来た灰木くんが、のっそりと隣へ座る。  なんで休みなのに来るの。自分もだから、人のことは言えないけど。  学校では話さないから、妙に緊張する。少し動いたら肩が触れそうな距離とか、お互いの息づかいも全て。 「へぇー、やっぱり。百瀬さんも絵描くんだ」  のぞき込まれて、慌てた拍子にノートとペンケースをぶちまけた。最悪だ。砂利に散乱する鉛筆を拾いながら、少し声を荒げる。 「あっ、これは……みんなには内緒で」 「ああー、俺バラすような友達いないから大丈夫」  最後のひとつを拾い上げたのは、男子中学生にしては長くてキレイな指だった。
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