ずっと桜は灰色だった

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 握りしめたまま、わたしが河原へ行くと、灰木くんがスケッチブックを抱えていた。見慣れた風景に、色をつけている。まだ蕾をつけているはずの木に、灰色の花を咲かせて。 「あ、百瀬さん。いたの?」  数分経って、灰木くんが顔を上げた。  わたしは黙って、持ってきたものをスケッチブックの上へ置く。少しだけ、手が震えた。 「この絵、見覚えない?」  しばらくして、わたしは口を開く。胸がそわそわして、居ても立っても居られなくて。 「ああー、やっぱり。百瀬さんのだったんだ。すごいね、まだ取ってあったの?」  気付いていたような口調で、灰木くんは画用紙を手に取った。  小学一年のとき、図工の授業でわたしが描いた絵だ。白い枠の中には、大きな桜の木と小鳥やシャボン玉が飛んでいる。  ーー灰木くんの作品と同じ、灰色の桜だ。 「バレちゃったか。まあ、ここまで構成も色づかいも一緒だったら、仕方ないか」 「どうして」  疑問はたくさんあった。なぜ知っているのかとか、同じように描けたのかとか。  それからーー。 「俺の初恋の絵だから」  こめかみをトンと触って、灰木くんがフッと笑う。インプットは、俺の得意分野だと。  画用紙を裏返すと、三枚の付箋が貼り付けられていた。絵を見たみんなからのコメントだろう。『めずらしい』や『かわったいろが、おもしろい』のとなりに書かれていた文字。 『一ばんかっこいい。はいのきたいよう』  物置で見つけた瞬間、わたしは走り出していた。  小学一年のとき、わたしたちは同じ学校へ通っていたらしい。二年生になってすぐ、灰木くんは転校してしまったから、存在すら知らなかった。 「同じようなピンクの桜が並ぶなか、ひとつだけ目立ってた。それが俺にとっては光って見えて、かっこいいなってワクワクしたんだ」  ももせあやめ。その名前とグレーの桜だけは、一生忘れない。灰木くんは、そうわたしに告白した。  これまでずっと、自分を否定して生きてきた。まわりがあたり前に見ている世界を知らず、春や桜が嫌いだと言い聞かせて、遠ざけていた。  でも、灰木くんはわたしの見える景色を、かっこいいと褒めてくれた。  じわじわと目頭が熱くなって、水の玉がこぼれ落ちる。あっという間に、涙は滝のように流れて止まらない。 「……うれしい、うれしすぎるよ」  最初は、おろおろして戸惑っていた灰木くんだったけど、小さな子どもみたいに泣くわたしの背中をずっとさすってくれていた。
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