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根井くんの憂鬱③
しかし、モテない同盟の茎田に先を越されるなんて根井には信じがたい事実だが、その相手が男ならば羨ましくともなんともない。
とりあえずこれだけは聞いておこうと思い、根井は重い口を開いた。
「なあ、茎田」
「ん?」
「卒業するまでには彼女、絶対欲しいよな?」
以前の茎田ならば、ウザいくらい全力で同意するはずだった。しかし。
「あー……いや、カノジョはいいかな」
「は?」
(彼女は、だと!?)
「受験勉強でそれどころじゃねーっつーの? 俺一応進学希望なのに、このままの成績だとマジでやべーんだよな!」
「……」
彼女がいらないのなら彼氏ならどうだ? ──なんて、恐ろしくて聞けない。
そう、祝福してやりたいと思ってはいるのだが、まだ根井自身にその事実を受け止める心の準備が出来ていないのだ。
たった数分前まで、同性愛なんて違う世界の話だと思っていたのだから。
女子の間ではBLが流行ってはいるが、根井的には少女漫画と同じファンタジーに分類している。
「そうそう、茎田はもっと勉強しねぇとな」
「花森!」
茎田の後ろにいつの間にか花森が立っていた。女子とのおしゃべりは終わったらしい。
「茎田、俺と一緒の大学に行くんだよな?」
「ん、できれば行きたいなって……」
「がんばろうな」
「……おうっ」
(茎田のいまの成績で、花森の志望大学に行くとか絶対ムリだろ……)
花森の志望校を根井は知っているが、たしかすぐ隣に茎田でも入れるであろう大学があるので、最終的にはそこに行くことになるんだろうな、と思った。
(それより何だよ、この二人の世界は……!)
二人の関係にほんのりと気付いてしまった根井にはとてもいたたまれない。どこからどう見てもカレカノ……いや、カレカレの空気だ。
茎田を見つめる花森の目は優しすぎるし、花森の目を見つめ返す茎田の目は今にも蕩けそうである。
(この空間だけ空気が甘すぎる……! ぐああ、耐えられない!!)
もう、思い切って聞いてみた。
「あ、あのさ! おまえらさ!」
「何?」
「ず、ずいぶん、仲良くなったんだな……」
『付き合ってるのか?』と率直に聞くつもりがやはり躊躇してしまって、遠回しな言い方になってしまった。これ以上は突っ込めない、と根井は早くも挫折した。
「わ……分かるか?」
(そりゃ分かるっつうの!! 顔を赤らめるな、茎田ッ!! お前はそんな乙女なキャラじゃなかったはずだぞ! アホっぽいモブDKだったはずだぞッッ!? 花森も名前に花は付いてるけど、背後に花背負ってるようなキラキラしたキャラじゃなかったはずだぞ──!?)
決定的なことは聞けなかったが、これはもう決まりだろう。茎田と花森は付き合い始めたのだ。いまは友人兼、恋人同士なのだ。
(ヒエェッ……!)
ガクブルと震える根井を他所に、茎田と花森は二人の世界を更に展開させている。
「茎田の受験勉強、休み時間も昼休みも放課後も、毎日付き合ってやるからな」
「いいのかよ花森。自分の勉強は?」
「茎田に教えてれば、それが自分の勉強にもなるから」
「ふうん……じゃ、オネガイシマス」
「おう」
(あ"──!! 頼むからそのラブラブな空気を少しは抑えろ!! 俺以外のヤツにバレたらどーすんだよ!?)
むしろ隠すつもりがあるのだろうか。
まだおおっぴらにふたりを応援することはできないけれど、校内で妙な噂になったり面倒が起こらないよう、今後も自分がちょくちょくフォローをしなければ……。
根井はそう決心して、ため息を吐いた。
根井くんの憂鬱【終】
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