アキンボのレディジョー

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アキンボのレディジョー

彼女の履いたブーツの拍車が、歩くたびに小気味よい音を鳴らす。 赤いロングコートに赤い髪、そして茶色のカウボーイハットを身に着けて、女は酒場のカウンターに肘を置いた。 「ウイスキーをくれないか。長旅で喉がカラカラなんだよ」 「あんたに酒は出さん」 女は鼻で笑って、にやついたまま不機嫌な店主を見つめる。 酒場にいる客たちも、みな一様に女に対して不満気な顔をしていた。 男の聖域にズカズカ入ってきた彼女が許せないのだ。 「どうして?なにかあたしが気に障ることでもしたかな?」 「ここは女の来る場所じゃねぇ。帰んな」 女は陽気に口笛を鳴らして、コインを3枚カウンターの上に置いた。 にやついたまま、もう1度同じ言葉を繰り返した。 「ウイスキーを……くれないか?」 店主はやや身を引いた。 穏やかな女の目に、確かな鋭さがあったから。 カチャリと撃鉄を下げる音がした。 女のこめかみに、回転式拳銃が突きつけられる。 銃を持つ男はうすら笑いを浮かべて、女が出したコインをポケットにしまった。 「調子に乗るのもいい加減にしろよ。それになんだその格好……ガンマンのつもりか?」 「ああ。あたしはガンマンだからな。君より腕がいい」 男の頭が弾け飛んだ。 女が目にもとまらぬ速さで男を撃ち抜いたからだ。 最後の言葉も言えずに、男は地面に倒れる。 女は銃口から漏れる火薬臭い煙を吹き、酒場の客たちに向けた。 「正当防衛でも人を殺すってのは胸が痛むね。それでブラッドってのはどいつだい?」 「……お前、賞金稼ぎか?」 立派な顎髭を生やした初老の男がかすれた声で質問した。 女はにっこりと笑って軽く頷く。 「……知ってるぞお前……ジョーだろ?」 「その通り。『アキンボのレディジョー』たぁあたしのことだ。悪いやつを殺して回ってる。善良な人々の平和のためにね」 「正義の味方か……それにしちゃ俺たちと同じ匂いがするぞ」 ブラッドは壁に貼られた手配書を指さした。 そこに描かれているのは女の似顔絵と名前、そして高額な懸賞金の値段だ。 「あれどこのどいつが描いたんだろうな。絵が下手くそすぎる。全然あたしに似てないよ」 「俺らと同じ賞金首のくせに……ハイエナ女が」 「おいおい。女性にハイエナはないだろう。動物に例えるなら……小鳥とかがいいかな」 「表に出ろ……お前がいると酒がまずくなる」 「同じこと考えてたよ。気が合うねあたしたち」 口元に笑みを浮かべたままジョーは店の外に出た。 太陽が燦々と輝き、渇いた空気のせいで余計に暑さを感じてしまう。 真っ青な空の下で、ジョーとブラッドは距離を取って向かい合った。 「おイタが過ぎたなブラッド……噂になってるよ?君が町の人たちに迷惑をかけてるって」 「ふん……だからなんだ?俺を退治して平和を取り戻そうって腹か?」 「まぁそういうこと。お前のようなクズを今までさんざん殺してきたが、悪いやつってのは絶滅しないな。栄えることもないけどね」 「女のくせにでかい口を叩くな。はったり野郎が」 「あたしは野郎じゃない。女だからな」 「もうたくさんだ。お喋りな女は虫が好かん」 ブラッドはコートを捲り上げて、銃に手を当てた。 呼応するように、ジョーも2つのホルスターのボタンを外し銃に触る。 「君から抜きなよブラッド。いつでもいいよ」 「勘違い女が……あの世でもほざいてろ」 ブラッドは目の色を変えた。 勝負師の顔になったのだ。 自慢の早撃ちでいつものように自惚れ屋を殺す…… 銃声が2発重なった。 ブラッドの頭に鈍い感覚が走る。 「あぁ……?」 「上には上がいるよなぁブラッド。でも安心しろよ、もう悪いことはしなくていい……地獄でセカンドライフを楽しめ」 ジョーは両手に握った拳銃を回転させてホルスターの中に収めた。 額に2つの穴が開いたブラッドは、前のめりに勢いよく倒れて死んだ。 彼の手下たちが唖然として、自分たちのボスの死体を見下ろしている。 「こうなると親分さんも形無しだな。おい君たち銃を抜くなよ?あたしたちは決闘して勝者と敗者が生まれただけだ。誰も悪くないし、恨む必要もないんだ。分かるだろう?」 「てめぇよくもボスを!!」 10人いる手下の男たちは銃を抜いた。 だがジョーは死なない。 やつらは1人も引き金を引くことが出来なかった。 敵の弾丸が発射される前に、彼女は男たちを2丁拳銃で撃ち抜いたのだ。 「だから抜くなって言ったのに……」 ジョーは伸びる銃声に耳を傾け、硝煙の匂いを嗅いだ。 一切表情を崩さずに、彼女は糸が切れた人形のように倒れた彼らを眺める。 「帽子を脱ぐべきかな?おっと……」 ジョーはリボルバーから空薬莢を全て排出した。 緩慢な動きで弾を込めなおす。 彼女が目で追っているのは、仕留め損ねた1人の男だ。 腹をぶちぬかれた男は、必死に酒場の中に逃げ込んでいる。 「ふむ……」 ジョーは首を傾げて酒場の中に入った。 血痕を残しながら這いずる男に、ジョーは銃口を向けた。 「や、やめろ……ボスは死んだ。俺を殺す必要なんてない!」 「そうだね。でも君は銃を抜いた。銃を抜いたのなら殺すか殺されるしかない……それがガンマンってもんさ」 ジョーは引き金を引き、弾丸を射出した。 最後の敵も息絶えて、静寂が店に蔓延する。 「あ、あんた何者なんだ?」 「ジョーだ。アキンボのレディジョー……さては人の話聞かないタイプだな君」 「なにが望みだ……この店にも町にも金なんてないぞ。ああでもブラッドが隠し金を持ってると思う……絶対持ってる」 「それで?」 「……殺さないでくれ」 「殺してほしくないか?」 「もちろんだ……頼むよ」 「じゃあウイスキーをくれ。それとも女には飲ませられないか?」 「め、滅相もない!」 店主はグラス一杯になみなみと酒を注いで彼女に差し出した。 ジョーは椅子に座り、濃いウイスキーの味を楽しむ。 「これからは誰にでも酒を出すんだよ、そうしたら殺さないであげる」 「わ、分かった」 「でも子供には出しちゃダメだ。守れる?」 「お、おう」 「ならいい」 ジョーは微笑んで酒を一気に飲み干した。 おかわりを頼んで、ため息をつく。 「しかしあたしも腕が落ちたね。1発で仕留められないなんて……栄枯盛衰、あたしもどこかで野たれ死ぬのかな?」 「俺はあんたが死ぬ姿なんて想像できねぇなぁ……」 「人は死ぬさ。誰だって死ぬ、それが普通だよ」 ジョーがウイスキーを飲んでいると、酒場の入り口に人が集まってきた。 自分たちを支配していた犯罪者が死んで、驚愕と安心を感じているのだ。 「よおみんな。そんなところに突っ立ってないで店の中に入りなよ。一緒に呑もう」 「あなたが……やったの?」 怯えながら店の中に入ってきた少女がジョーに問うた。 優しく笑ったジョーは少女の頭を撫でる。 「そうさ。もう何も心配しなくていい。悪者はやっつけた、楽しい人生を送ってね」 少女はやや震えながらも、はっきりと笑った。 酔いもいい感じに回ってきたジョーはクスクスと笑ってまた酒のおかわりを所望する。
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