3人が本棚に入れています
本棚に追加
アキンボのレディジョー
彼女の履いたブーツの拍車が、歩くたびに小気味よい音を鳴らす。
赤いロングコートに赤い髪、そして茶色のカウボーイハットを身に着けて、女は酒場のカウンターに肘を置いた。
「ウイスキーをくれないか。長旅で喉がカラカラなんだよ」
「あんたに酒は出さん」
女は鼻で笑って、にやついたまま不機嫌な店主を見つめる。
酒場にいる客たちも、みな一様に女に対して不満気な顔をしていた。
男の聖域にズカズカ入ってきた彼女が許せないのだ。
「どうして?なにかあたしが気に障ることでもしたかな?」
「ここは女の来る場所じゃねぇ。帰んな」
女は陽気に口笛を鳴らして、コインを3枚カウンターの上に置いた。
にやついたまま、もう1度同じ言葉を繰り返した。
「ウイスキーを……くれないか?」
店主はやや身を引いた。
穏やかな女の目に、確かな鋭さがあったから。
カチャリと撃鉄を下げる音がした。
女のこめかみに、回転式拳銃が突きつけられる。
銃を持つ男はうすら笑いを浮かべて、女が出したコインをポケットにしまった。
「調子に乗るのもいい加減にしろよ。それになんだその格好……ガンマンのつもりか?」
「ああ。あたしはガンマンだからな。君より腕がいい」
男の頭が弾け飛んだ。
女が目にもとまらぬ速さで男を撃ち抜いたからだ。
最後の言葉も言えずに、男は地面に倒れる。
女は銃口から漏れる火薬臭い煙を吹き、酒場の客たちに向けた。
「正当防衛でも人を殺すってのは胸が痛むね。それでブラッドってのはどいつだい?」
「……お前、賞金稼ぎか?」
立派な顎髭を生やした初老の男がかすれた声で質問した。
女はにっこりと笑って軽く頷く。
「……知ってるぞお前……ジョーだろ?」
「その通り。『アキンボのレディジョー』たぁあたしのことだ。悪いやつを殺して回ってる。善良な人々の平和のためにね」
「正義の味方か……それにしちゃ俺たちと同じ匂いがするぞ」
ブラッドは壁に貼られた手配書を指さした。
そこに描かれているのは女の似顔絵と名前、そして高額な懸賞金の値段だ。
「あれどこのどいつが描いたんだろうな。絵が下手くそすぎる。全然あたしに似てないよ」
「俺らと同じ賞金首のくせに……ハイエナ女が」
「おいおい。女性にハイエナはないだろう。動物に例えるなら……小鳥とかがいいかな」
「表に出ろ……お前がいると酒がまずくなる」
「同じこと考えてたよ。気が合うねあたしたち」
口元に笑みを浮かべたままジョーは店の外に出た。
太陽が燦々と輝き、渇いた空気のせいで余計に暑さを感じてしまう。
真っ青な空の下で、ジョーとブラッドは距離を取って向かい合った。
「おイタが過ぎたなブラッド……噂になってるよ?君が町の人たちに迷惑をかけてるって」
「ふん……だからなんだ?俺を退治して平和を取り戻そうって腹か?」
「まぁそういうこと。お前のようなクズを今までさんざん殺してきたが、悪いやつってのは絶滅しないな。栄えることもないけどね」
「女のくせにでかい口を叩くな。はったり野郎が」
「あたしは野郎じゃない。女だからな」
「もうたくさんだ。お喋りな女は虫が好かん」
ブラッドはコートを捲り上げて、銃に手を当てた。
呼応するように、ジョーも2つのホルスターのボタンを外し銃に触る。
「君から抜きなよブラッド。いつでもいいよ」
「勘違い女が……あの世でもほざいてろ」
ブラッドは目の色を変えた。
勝負師の顔になったのだ。
自慢の早撃ちでいつものように自惚れ屋を殺す……
銃声が2発重なった。
ブラッドの頭に鈍い感覚が走る。
「あぁ……?」
「上には上がいるよなぁブラッド。でも安心しろよ、もう悪いことはしなくていい……地獄でセカンドライフを楽しめ」
ジョーは両手に握った拳銃を回転させてホルスターの中に収めた。
額に2つの穴が開いたブラッドは、前のめりに勢いよく倒れて死んだ。
彼の手下たちが唖然として、自分たちのボスの死体を見下ろしている。
「こうなると親分さんも形無しだな。おい君たち銃を抜くなよ?あたしたちは決闘して勝者と敗者が生まれただけだ。誰も悪くないし、恨む必要もないんだ。分かるだろう?」
「てめぇよくもボスを!!」
10人いる手下の男たちは銃を抜いた。
だがジョーは死なない。
やつらは1人も引き金を引くことが出来なかった。
敵の弾丸が発射される前に、彼女は男たちを2丁拳銃で撃ち抜いたのだ。
「だから抜くなって言ったのに……」
ジョーは伸びる銃声に耳を傾け、硝煙の匂いを嗅いだ。
一切表情を崩さずに、彼女は糸が切れた人形のように倒れた彼らを眺める。
「帽子を脱ぐべきかな?おっと……」
ジョーはリボルバーから空薬莢を全て排出した。
緩慢な動きで弾を込めなおす。
彼女が目で追っているのは、仕留め損ねた1人の男だ。
腹をぶちぬかれた男は、必死に酒場の中に逃げ込んでいる。
「ふむ……」
ジョーは首を傾げて酒場の中に入った。
血痕を残しながら這いずる男に、ジョーは銃口を向けた。
「や、やめろ……ボスは死んだ。俺を殺す必要なんてない!」
「そうだね。でも君は銃を抜いた。銃を抜いたのなら殺すか殺されるしかない……それがガンマンってもんさ」
ジョーは引き金を引き、弾丸を射出した。
最後の敵も息絶えて、静寂が店に蔓延する。
「あ、あんた何者なんだ?」
「ジョーだ。アキンボのレディジョー……さては人の話聞かないタイプだな君」
「なにが望みだ……この店にも町にも金なんてないぞ。ああでもブラッドが隠し金を持ってると思う……絶対持ってる」
「それで?」
「……殺さないでくれ」
「殺してほしくないか?」
「もちろんだ……頼むよ」
「じゃあウイスキーをくれ。それとも女には飲ませられないか?」
「め、滅相もない!」
店主はグラス一杯になみなみと酒を注いで彼女に差し出した。
ジョーは椅子に座り、濃いウイスキーの味を楽しむ。
「これからは誰にでも酒を出すんだよ、そうしたら殺さないであげる」
「わ、分かった」
「でも子供には出しちゃダメだ。守れる?」
「お、おう」
「ならいい」
ジョーは微笑んで酒を一気に飲み干した。
おかわりを頼んで、ため息をつく。
「しかしあたしも腕が落ちたね。1発で仕留められないなんて……栄枯盛衰、あたしもどこかで野たれ死ぬのかな?」
「俺はあんたが死ぬ姿なんて想像できねぇなぁ……」
「人は死ぬさ。誰だって死ぬ、それが普通だよ」
ジョーがウイスキーを飲んでいると、酒場の入り口に人が集まってきた。
自分たちを支配していた犯罪者が死んで、驚愕と安心を感じているのだ。
「よおみんな。そんなところに突っ立ってないで店の中に入りなよ。一緒に呑もう」
「あなたが……やったの?」
怯えながら店の中に入ってきた少女がジョーに問うた。
優しく笑ったジョーは少女の頭を撫でる。
「そうさ。もう何も心配しなくていい。悪者はやっつけた、楽しい人生を送ってね」
少女はやや震えながらも、はっきりと笑った。
酔いもいい感じに回ってきたジョーはクスクスと笑ってまた酒のおかわりを所望する。
最初のコメントを投稿しよう!