3人が本棚に入れています
本棚に追加
「参ったな……」
荒野のど真ん中、建物もなく人もいない場所で男は立ち尽くしている。
手ぬぐいで汗を拭いて水を飲んでいると、前方から馬に乗った人影がこちらに近づいているのを発見した。
男に緊張が走る。
馬に積んでいるライフルに手を当てて、額に汗をつたわせた。
「……どうしたものか」
この世界、いつ死んでもおかしくない。
ましてや荒事などあまり縁のない生活を送っていた彼には、戦っても勝てる自信がないのだ。
無法者ではないことを祈りながら、男は片手を上げる。
友好的に振舞っているという合図である。
相手が手をあげなければ、危険信号だ。
男は生唾を飲む。
恐怖で軽い頭痛もしてきた。
しかし相手は手をあげた。
とりあえず安心だが、油断させて自分を襲う算段なのかもしれない。
男は手にしたライフルを握りしめて、人影の接近を待った。
「やあ……」
男が低い声をかけると、カウボーイハットをかぶった人物は馬の上から挨拶を返した。
「やあこんにちは。こんなところで何してるの?1人でいるなんて危ないよ」
穏やかな女の声だったことに、男は安心する。
しかし彼女の風貌が奇妙だったので疑問を抱いた。
「……君、ガンマンかい?」
「ああ。でも小綺麗で華奢だからって弱いわけじゃないよ?」
冗談っぽく女は言う。
男もその柔らかな態度に微笑んでしまった。
「クリスだ、よろしく」
「レディジョー。ジョーって呼んで。冗談みたいな名前だけど本名だ。けっこう私自身気に入ってる」
「ジョーさんか、確かに珍しいね」
「自己紹介が終わったところで銃から手を離してくれないかな?」
「おっと、ごめん。警戒してたんだ」
クリスは銃を握るのをやめて、両手を自由にする。
彼女の腰のホルスターに気づき、彼は銃を指さした。
「本当にガンマンなんだ」
「そう言ってるだろ」
「賞金稼ぎ?」
「そう」
「へぇ……危ないのによくやるね」
「この世界は悪人が多すぎる。誰かが減らさなくちゃいけない」
「正義の味方なんだね」
「そんなに立派なものじゃないよ。で君はどうしてここにいるの?馬に乗って気分転換?」
「そんなんじゃないよ。俺は牧場主でね、牛が逃げ出したから探してるんだ」
「なるほど、ここに来るまでで牛は見なかったな」
「そうか……じゃあ別の場所を探してみるよ」
「1人で探す気?危ないよ、もう日も暮れて来たし」
「そうだけど……うちはあまり金持ちじゃなくてね……1匹でも逃げると厳しいんだ」
「じゃああたしも探すよ」
「そこまでさせられない。君にはなんの関係もないんだから」
「遠慮するなって。流れ者はその瞬間を大事にしてる。君に協力するのもきっと神のお告げさ」
「そんなことはないと思うんだけど……ふふ、君変わってるって言われない?」
「たまにね……おっと、まずいな」
穏かだったジョーの目元がキリっと細まった。
口元にもすでに笑みはない。
最初のコメントを投稿しよう!