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うどん
昨日はライスだったので、麺類の店を選んだ。氷見うどんというのはコシと粘りが強く、餅のような感触で歯応えがいいと聞いた事がある。
やってきた鍋の中は琥珀色のつゆが満たされて、ほわほわと立つ湯気で眼鏡のレンズが曇る。具材の隙間からうどんが見えた。厚く斜めに切られた葱、ほうれん草、椎茸。海老の天ぷらと蒲鉾、三角形の油揚げは二つずつ。落とされた卵は白身はほぼ固まりかかっているが、黄身はほとんど固まらずにぷるぷるしている。具沢山なのは解っていたが、思っていたより量が多いかもしれない。まあ、最近のハスミはよく食べるようになったので大丈夫だろう。
少し太めの麺を箸で掬い上げる。ふうふうと息を吹きかけて口に運ぶと、出汁の香りと小麦の甘さが広がった。舌触りは滑らかで、煮込まれていくらか柔らかくなっている。加熱された葱の甘さ、出汁を含んだホウレン草と椎茸、弾力のある蒲鉾。油揚げはきつねうどんのそれと比べると甘さが控えめで、ふっくらと炊き上がっている。
早々に引き上げた天ぷらに齧り付くと、衣の脂と弾力のある海老の旨味が混ざり合っていく。天ぷらは後から載せて少し汁を吸って柔らかくなったところと、まださくさくと固さを残したところがあるのがリンドウは好きだ。ハスミはわざわざ天ぷらを鍋に完全に沈めて取り上げずにいる。衣にたっぷりつゆが染み込んでクタクタになった物が好きらしい。
「……あの、卵を割ってもいいですか?」
「好きになさい」
取り分け用の箸でぷつりと黄身を割ると、とろりと汁に橙色が広がっていく。それを麺に絡ませて、ハスミは嬉しそうにちゅるちゅると啜っている。リンドウは熱くてうどんを啜れないのに、彼女は平気なのだろうか。この娘の母親も、好物にはせっかちなくらい積極的だった。邪魔になった髪はヘアピンで纏めているので、頬が紅潮しているのが判った。
「鍋焼きうどんには、落とし卵ですね……」
「好きなの?」
「はい。冷凍だと卵焼きが入っているんですけど……」
夏の週末はざる蕎麦、冬の週末は鍋焼きうどんが定番だった。家族全員顔を揃えてあったかいね美味しいねと笑う顔、その頬に微かに浮かぶ汗。父と弟はよく残り汁を白飯にかけていた。最後は何を話していたっけ……。
「ハスミ」
養父の声で、現実に引き戻された。彼は手を止めてこちらを心配そうに見つめている。鍋には僅かに衣が浮いているだけで、天ぷらの姿はない。麺の量もずいぶん減っている。ハスミは首を横に振る。
「食べたらすぐ帰るわよ」
「はい」
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