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雨が振る中、俺は自転車を走らせていた。
「親父さんは蒸発してもなお、お前に会いたがっていたんだ。その願いが、康に能力を授けたんだ!」
ただひたすらに、その言葉だけを信じて。
俺はてっきり、親父には嫌われたんだと思っていた。そうでなきゃ、蒸発なんてしないだろうと思って。だからロクに探しもせず、記憶から消し去ろうとまでしていたんだ。親父がいつも言っていた言葉まで。
「"当たり前にあるもんを大事にしろよ"って言葉まで……!!」
親父が居るという当たり前を、俺は大事に出来ていなかったんだ。親父、謝らせてくれ。そしてまた、俺のことを自慢の息子だって言ってくれないかな?
これまでの親不孝を責めたてるような、冷たい向かい風が吹きつけた。
水のナビによって辿り着いたのは、こぢんまりとした家だった。名字は俺の名字とは違ったので、チャイムを押すのは躊躇った。
「おいおい、なんで押さないんだ?」
「名字違うし……お前、人違いしてない?本当にこの家か?」
「この家だって。間違いない!」
ゴニョゴニョと言い合っていると、後ろから小さな足音がした。
「──あの、うちになにか御用でしょうか?」
振り返ると、そこには傘を差した六十代くらいの老人がいた。
「ああ、いえ、その……。」
「ん?もしかしてお前、康か?」
「え?」
その顔をよく見てみると、ところどころ親父に似ていた。シワもシミも増えてしまって、白髪も沢山生えているけれど。
「もしかして、親父か……?」
「ああ、そうだとも!康、どうしてここがわかったんだ?」
「水が案内してくれたんだ。」
こんなバカげた話、普段の俺なら誰にも説明なんてしない。変な奴と思われるからだ。でも、どうしてだか……親父なら信じてくれる気がした。
「そうか、そうか……。康、お前とまた会えて良かったよ。」
「俺もだよ、親父……!!」
俺は親父と抱き合った。……こんなの、何年ぶりだろう。幸福感がふわふわと襲ってきて、やがて俺の脳を占めた。
あれ以来、水の声はピタリと止んだ。アイツの声も、アイツ以外の水の声も聞こえない。一気に静かになった日常には、まだソワソワしてしまう。それでもきっと、俺達のことをしっかり見守ってくれているはずだ。
──二ヶ月に一度の水は。
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