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「おい康ぃ、クーラーでも入れて室温下げてくれよ。この調子じゃすぐ蒸発しちまうだろ?」
「なんで水一滴のためにクーラー入れなきゃいけないんだよ。」
「うるせえ、いいから入れろー!!お前だって、オレともっと話したいだろ?」
「いいや全く。つーか、二ヶ月おきでも会えるんだし別にいいだろ。」
マグカップの水滴に向かって反論した。
「当たり前という大ッ切なものにありがたみを感じろよ!!水って大事なんだぜ?」
「それはわかるけど……って、なんか聞き覚えある言葉だな。」
「えぇ?"水が大事"だなんて、人間誰でも言ってるだろ。夏とか特に、熱中症対策がどうとか言って。」
「じゃねぇよ、その前。」
「……ひらがなの"よ"?」
「一文字って!なんでそんなにピンポイントなんだよ!?」
水の声が聞こえるようになったのは二十年前からだ。水の声に慣れた頃、コイツは突然俺の前に現れた。
「当たり前の大切さがどうとかってやつだよ。ヤケに聞き覚えがあるんだ。」
「だから、誰でもそんなこと言うだろ?」
「違うんだ。なんだか、結構しつこく言われた気がする……。」
が、それが誰なのか全く思い出せない。誰がどんな声で、どんな顔で……?
「なあ。お前、長いこと俺と一緒にいるじゃん。なにか覚えてないか?」
「う、ううん……なんだろうなぁあ……?」
「……なんか知ってるな?」
「い、いやー別に知ってるとは言ってないぜ……ってやめろやめろ!!コンロに置くんじゃねー!!!教えっから!!やーめーろぉー!!!」
無言の脅迫は結構効いたようだ。水は口を割ってくれるようだ。これが本当の「水割り」?
水は切りだした。
「康。水の声が聞こえるようになった日……覚えてっか?」
「は?ある日突然だった気がするけど。」
「うっわぁ、薄情だなぁ。」
「え……?どういうことだよ。」
何かの記念日だっただろうか?何月何日に聞こえるようになったのかすら覚えていなかった俺は、必死に思考を巡らせた。
「お前が水の声を聞けるようになったのは、お前の親父さんがいなくなった日からだろー!?」
「おや、じ……?」
俺はポツリと呟いた。
水の言う通りだ。二十年前、親父は蒸発した。それは、この能力を授かった時期と被っていた……んだっけ?
「いやいや、親父が蒸発した日から水の声が聞こえるようになったから、何だっていうんだよ!?」
「まだわかんないのか?鈍感な奴め……。親父さんがお前にその能力を授けたことには、理由があるんだ!」
「り、理由……?水の声が聞けたからなんだって──」
「オレは、親父さんの体の中にいた水だ!!」
「は……はぁあ!?」
「つまり、実質お前の親父!!」
「それは違うだろ。」
「流されなかったか……水だけに。」
水は変わらず話し続けているが、そろそろ蒸発してしまうかもしれない。焦った俺は、マグカップにラップを被せて蒸発を防ぐ。それにしても、まさか親父がこの能力を授けた張本人だったなんて……。
「教えてくれ、親父は生きているのか!?どこにいる!?手がかりくらいはあるんだよな!?」
「どうどう、落ち着いてくれよ。オレは排出されて以来、親父さんには会ってねぇんだ。でもローンのことを考えると、まだあの家に住んでるだろうな。」
「自分の体の中にいた水にローンを知られてるの、地味に嫌だな……。って、排出?排出ってことは……お前、まさか!!」
俺はカッと目を見開く。ヒトの体から排出される水、それはすなわち汗または……
「そう!親父さんの元おしっこです!!」
「うぇえええ……俺、そんなのに二十年付きまとわれてたの?きったねぇ!!」
「失礼だな。下水処理場だって通ってるし、オレは清潔だ!そんな汚物を見るような目で見んじゃねー!!」
水の循環って恐ろしいな、とつくづく思った。
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