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彼が言うには、そもそも管理数値というのは、50年前ぐらいに日本で考案されたシステムで、最初は個人番号の配布から始めて国民の警戒心を解き、今となっては入学や就職にも関わるほど大きな目安として管理する数値の事である。
その便利性ゆえ、世間に浸透するのは早かった。
──個人の考えを数値にして可視化し、その人の技量をAIが評価する。
昔ではあり得なかった多方面から見た評価は、近代文明に明かりを灯す──。
「耳心地のいい謳い文句を並べて、個人の意思を奪う政策の一環……国家の家畜を管理するだけの数字……」
聞き慣れない言葉の単語単語が耳から入るのを拒絶している。それでも尚、彼が言いたい事は薄々理解していた。
「つまり……管理数値が高いと言う事は、頭脳や技術、多方面において経験値を積んでいる証しだ」
少年は歩いてコンピューターの一つに手を触れると、大きな窓が明るくなる。
「これは……」
僕は言葉を失った。
僕の目の前に広がっていたのは、自我を持たない人……いや、肉の塊だった。魂が抜けた様に座り込む人の形をした肉片が山の様に集まっている一番手前には、a-21の姿もある。
「日本は管理数値が一定以上を超えると、必ずこの会社に流れ着く事になっていてね……。そこでも優秀な知恵と技術に肥えた家畜は、その全てをAIに捧げるのと引き換えに『管理に縛られることのない自由』を得られるってワケ」
目の前に広がる信じ難い光景は、夢幻と思えるほど簡単なものでは無かった。
「お兄さんが信じてきたAIってのはね、お兄さん達自身の知恵と技術の産物なんだよ」
彼の言葉が頭の中でこだまする。もうとっくの昔に、電脳の主人は人では無かった。
つまり──。
「お兄さん達は日本国の富裕層が消費していくだけの家畜で、ただの牙が抜け落ちた駄犬なんだっ!」
犬……か。
忠実に社会の言う事を聞いて、誠実に消費されてゆく存在。その例えは、とても秀逸だった。
僕は力無く笑うと、「それで?」と少年に向き直る。
「それで、とは?」
「僕も腑抜けにするつもりかい?」
「まぁ、そうだね」
──吾輩も犬である。名前なら思い出した。
犬は犬でも、そこらの駄犬や野良犬じゃない。牙が抜け落ちたのなら、爪で存分に引っ掻いてやればいい。
「それはお断りする!」
僕は踵を返して走り出すと、少年はニヤリと笑って手元のスイッチを押した。
「お兄さん、『酸化グラフェン』って知ってる?昔は感染症予防のワクチンに、今は管理数値を測る段階で人体に打ち込まれている物質なんだけどさ」
後ろを振り返ると、先程の肉の塊になっていた人々が、まるでゾンビ映画の様に僕に手を伸ばしている。
「まさか産業廃棄物がこんなふうに役立つとはねぇ……酸化グラフェンは金属製で、体内に入ると電気信号の受電体になる。……まだ自我があるならともかく、こんなにも『自由』になっている体なら、操りやすいよね?」
彼がそう言い終わるが早いか、物凄い速度で僕を追い掛ける屍達は、能面の様な顔つきで全く表情が無い。一番最初に僕の服の裾を掴んだのはa-21だった。
「やめろ……やめろって!!」
彼には申し訳ないが、その手を振り払って押し倒すと、まるでドミノを倒す様に人並みに揉まれて消えてゆく。僕は昨日まで普通に話していた彼の姿に、胸が痛くなった。
「そうそう彼ら、AIと同化したタイミングで、痛覚無くなってるから遠慮しなくていいよ」
それを知ってか知らずか楽しそうに笑う少年が操る屍から逃げ切れる筈もなく、あっという間に雁字搦めにされた僕は絶望した。
──まさに地獄絵図。
この情景をあの絵師が見たら、喜んで筆を躍らせるだろう。だか、僕はここで犬死にするのはゴメンだった。
「リョウ、こっち!」
何かが破裂する様な轟音と共に、僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
そう言って僕の前に手を差し出したのは主任──いや、マチだった。
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