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出社後も周りがタカタカと忙しない音を立てながらキーボードを叩く中、僕はボンヤリと自分の名前について考えていた。
「36431786、何をやってる」
突然後ろから話しかけられて、僕は肩をびくつかせる。
ゆっくり振り返って声の主を確認すると、そこには吊り目の女主任が立っていた。
ちなみに、彼女が言った「36431786」と言うのは、僕の正式管理番号だ。普段はa-08と呼ばれているが、彼女は毎度人の事を何故か正式番号で呼びつける。
そんな彼女は、僕と同い年でありながら出世コース暴走気味に進んでいる女性で、僕の上司だ。黒のスーツにタイトスカートの彼女は黒くて長い髪をポニーテールにしていて、真ん中で分けた前髪から覗く鋭い眼光の目には底知れぬ色が浮かんでいる。
「……すみません、つい考え事を」
「仕事中にうつつを抜かすな!……だからいつまで経っても昇格できないんだ」
「……」
ぐうの音も出ない。
本来ならば絡みたく無いところだが、丁度良いところに堅物の彼女がやって来たので、僕は興味本意に口を開いた。
「あのー……。主任って、自分の名前……覚えてます?」
どうせ「馬鹿な事を」とか、「名前なんて非効率的なもの……」と小言を言われるのを覚悟していた僕は、彼女が驚いたように小脇に抱えていた書類を落として呆気に取られる。
「……覚えているの?」
「しゅ、主任?」
「……そんな訳……無いわね」
ブツブツと独り言を繰り返す彼女は、書類を慌ててかき集めると、「名前なんて無益なもの、聞いてどするつもりだ」と僕を睨んだ。
「そう……ですよね。ははっ……すみません」
僕は笑って返したが、頭の中は疑問符で溢れかえっていた。
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