理想のキャンパス・ライフ!?~俺の獣人彼氏がミスターキャンパスに挑戦します~

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 客席のざわめきだけがしばらく聞こえて、やがてすぐにシンと静まりかえった。  スポットライトが後方の客席の一部を突然明るく照らす。  そこにはいつの間にか客に紛れて、顔の上の左半分だけを白いマスクで隠し、黒いくるぶしまで丈のあるマントを身に付けた青磁が座っていた。  右半分だけ見えている端正な顔立ちには舞台化粧が施され、美貌が恐ろしいほど引き立っている。  手には真っ白な手袋を付け、白銀の髪は付け毛なのか、何故か腰までの真っ直ぐなロングヘアになっていた。可愛い虎耳と、ダイヤのピアスはそのままだ。  彼は他の候補者のように自己紹介をするでもなく、無言でその形のいい官能的な唇に、ふっと笑みを浮かべた。  同時に、パイプオルガンと金管楽器の荘厳なBGMが会場を包む。  そのメロディと青磁の格好で、それが有名な「オペラ座の怪人」の音楽だと気付いた。  ゆっくりと立ち上がり、音楽に合わせて悠々と青磁が歩き出す。  ドラマティックな音色に合わせ、彼は突然、口を開いてオペラ歌手みたいな声で歌い始めた。 「……⁉︎」  一瞬びっくりした後で、エアボーカルだと分かる。  声質は似てるけど、マイクも何も付けてないもんな。  ていうか、いったいこれは何のパフォーマンスなんだ……⁉︎  ひたすら青磁の作り出す独特の雰囲気にのまれていると、彼は口パクで歌いながら、優雅な仕草で周囲のお客さんたちに絡み始めた。  歩きながら、女子の長い髪を恋人みたいに優しく摘んでみたり、可愛い系の男子の顎をクイッと上げて、キスするような仕草をしたり。  その度に悲鳴みたいな声があちこちで上がる。  マントを翻しながら少しずつ舞台に近づいていく青磁に誰もが目を奪われてゆく。  その足は、俺のいる前の座席の方にも近づいてきた。  俺は通路側ではないから絡まれることはない。  けれど、青磁の香水の匂いが漂ってきて、頭が痺れてクラクラし始めた。  いや、違う。これは香水じゃない、青磁のフェロモンだ……。  ドクドク心臓が高鳴って、また身体中が痺れたように震え始める。  辛いのに、青磁を見るのをやめられない。  その姿はもう俺のいる列のあたりまで来ている。  匂いが濃い……。  ギュウっと太腿に力を込めた。暗いし、みんな青磁を見てるから分からないだろうけど、俺、今めちゃくちゃ勃起してる……っ。  逃げ出したい気分なのに、やっぱり俺も青磁から目が離せない。  頰を撫でられている同じ列の女の子は、さっきまでミヤと叫んでた子のはずだけど、完全に恋する乙女みたいな顔になっている。  やがて、彼が通る場所の皆が、青磁の付け毛やマントに何とかして触れようと手を伸ばし始めた。 「私も触らせて……!」 「カッコいい……!」 「こっち向いて……!!」  まるでロックスターに群がるファンみたいに、みんな泣きそうな顔をしている。  抗い難いアルファのフェロモンに当てられて、青磁のことしか見えなくされているんだ。  そのことに気づいた瞬間、衝撃と共に、青磁がここで何をするつもりなのかに気付いた。  アルファであること、希少種の強いフェロモンと外見……。  ――青磁は、自分の存在そのものを「特技」にしたんだ。  禁止事項じゃあないと思うけど、卑怯というかずるいというか、もうほぼ悪役並みじゃないのか、それは……。  そんな俺の感想など知るよしもなく、長い髪とマントを翻しながら、青磁が舞台に上がる階段にブーツの足をかける。  けれどすぐには上らず、振り向きながら顔の片側を覆っていた仮面を取り去って少し首を傾け、優雅な仕草で客席に投げた。  フリスビーの練習の成果なのか、それは驚くほど遠くまで飛んでいく。  落ちた先ではちょっとした奪い合いのパニックが起きた。  会場中の目線が一瞬そこに奪われたその時、青磁はもう既に舞台上のスポットライトの中にいて、黒いマントをフワリと脱ぎ捨てるところだった。  丈が長めで、片方の身ごろに蜘蛛の巣が描かれている白いジャケットが中から現れ、青磁が客席に背を向けたままポケットから黒いリボンを取り出す。  長い銀髪を無造作に結び、ゆっくりと振り返ると、彼は唇の端を引いて微笑んだ。  初めて明るい舞台で見るその顔が、化粧のせいもあるのか、余りにも艶かしく美しくて、胸が掻き毟られる。  やがて目の前がパッと明るくなり、音楽は現代的なメタルロックに変わった。  舞台の中央には、いつのまにか天井まで伸びる一本の金属棒が設置されている。  青磁はそこに向かって歩き、白手袋をはめた両手でその棒を掴み、擦るように指を絡ませながらのけぞった。  整いすぎてある種中性的なその美貌が、途端に淫らな魅力を帯びる。  ポールにすがったまま、青磁は唇で色っぽく手袋を外して、それをまた客に向かって投げた。  アルファのフェロモンを纏っているであろうそれが、わあっとまた奪い合いになる。  激しい音楽に合わせ、股の間をポールに擦り付けるようにして観衆を煽りながら、今度はジャケットを脱ぎ、白いシャツとズボン、ブーツだけの姿になっていく。  ジャケットが客席に飛んだ瞬間、ぎゃあっとすごい悲鳴があがった。  だんだんエスカレートしていて、心配になるくらいだ。  彼は上半身に着ていたシャツもボタンを外して脱ぎ落とし、ふわりと客席に放った。  筋肉質な上半身をあらわにした状態で、指の長い手が棒を掴み、青磁の体が高い部分に軽々と上っていく。  3メートルほど上の高い位置までたどり着くと、彼は片ひじと脚だけでポールに掴まったまま、腕を伸ばして優雅に回転を始めた。  艶やかな長い銀髪とピアスが幻想的なライティングの下でキラキラと夢のように光る。  ポールにつかまっているせいか、身体中の筋肉が張りつめて美しい陰影が出来ていて、ゾクッと寒気がした。  ああ、人間の青磁も、なんてカッコいいんだろう。  ずっと見ていたいほど綺麗で、魅惑的で、下半身が疼く。  着ていたパーカーの裾をギュッと引っ張って、股間をどうにか隠した。  見惚れている内に、青磁が体勢を変え、膝でポールを挟みながら逆さ吊りになる。  唇を半開きにしたままの妖艶な表情が凄く性的で、見てるだけでじわあっと下着の中が濡れてきた。  って、俺、これもしかして、発情してる……?  ま、ずい。  呼吸をなんとか整えていると、目の前の青磁は伸ばした両手でポールを握り、ヒョイと一回転しながら舞台上におりた。  短いけど、ポールダンス……と言っていいのか。  少しは練習したんだろうけど、明らかに、獣人の筋力と柔軟性があるからこその技だ。  音楽が止み、舞台がまた暗くなって、スポットライトだけが青磁を照らす。  紅く塗られた唇が大きく息をついた。  青磁が長い付け毛を髪からむしり取ってまた客席に投げ、大きな手でベリーショートの髪を無造作にかき上げる。  その姿はふつうに男らしくて、いつもの青磁だ。  さっきまで見ていたのは誰だったんだろうと首を傾げてしまう。  ……青磁は多分、別の自分を装うことに慣れてるのかもしれない。  幼い頃に、誘拐されないように女の子の格好をしてたみたいに。  人間でいる時はいつも、髪型や服装をガラッと変えて、自分を魅力的にみせるように。  そうして隠してるけど、でも彼の本当の顔は、俺が一番よく知ってる……。  切ない思いで見つめていると、青磁は素早く自分の右耳に手を伸ばし、ダイヤのピアスを外しはじめた。  まさか、そんな高そうなものまでお客に投げてしまうんだろうか。  ハラハラして見守っていた瞬間、青磁がくるりと首を振り、アイスブルーの瞳が、はっきりと俺をみた。 (え……⁉︎)  唇が何かの言葉を形作っている。  ――受けとれ。  合図するようにパチンと片目を閉じた彼は、フリスビーを投げるときのように見事な手首のスナップでピアスを投げた。  綺麗な放物線を描いたそれが、完璧な軌道を描き、俺の両手のひらの中にスポンと吸い込まれる。 「あっ……えっ……?」  何が起きたのか分からないまま、俺の身体はあっという間に周りから伸びてくる色んな手で揉みくちゃにされていた。 「わっ……待って、ちょっ……!」  ズルズルと座席を滑り落ち、床にうずくまってピアスを握りしめ、守りきる。  しばらくして周囲の攻勢が止み、元どおり座席に座れた頃には、青磁はもう舞台上からは居なくなっていた。  残されたのは、やたらに熱くなった俺の身体と、掌の中でキラキラ光る石だけだ。  綺麗で、冷たい光を放ってるのに、握るとほんのり温かい、まるで彼自身のような……。  俺のことを忘れられてなかった、と思って良いんだろうか。 「せい、じ……」  身体中が全部、青磁を求めて苦しい。  あとどのくらい、我慢すればいいんだ。  甘くて辛い拷問に、俺はぎゅうっと拳を握り締めた。
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