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翌日――立山祭は最終日になり、佳境を迎えていた。
日曜のせいかお客さんも今までで一番多くて、居合道部の磯辺焼きの店も大忙しだ。
昼下がりの陽光の中、目の前に大勢の人が行き交う白テントの陰で餅を串に刺していると、後ろから部長に声を掛けられた。
「昨日、残念だったな。お前の弟」
「あ、ええ……」
相変わらずの居合道着姿で作業しながら、俺は曖昧な返事を返した。
「昨日、落ち込んでたんじゃないのか?」
「うーん、そこまでは……。元々あんまり、勝負事に何がなんでも勝とうとするタイプじゃないんです。……空手も組み手より形の方が得意なくらいだし」
部長の厳めしい顔がふっと緩む。
「そうか。やっぱり双子だからか、お前に似てるんだなあ」
「そうですかね」
航に似てる、なんて言われたのは初めてかも知れない。
それも人間に。
なんだか嬉しくなってしまって、口元が勝手に緩んだ。
「そういえば、お前、今日の本選はもう見に行かないのか? もう始まってる頃だろう。弟は出てないかもしれんが」
言われて、ドキッとした。
そう、行こうとは思ってたんだけれど……。
予想外に磯辺焼き屋が繁盛しているもんだから、言い出すタイミングを失っていた。
「あー……弟はもう出てないし……」
「もう一人の獣人、お前の知り合いなんじゃないのか? 以前、お前のことを訪ねてきてただろう」
「……はい」
ドキッとして、思わず正直に頷いてしまった。
「チケットあるんだろう。行きたくても行けなかったやつが死ぬほどいるんだぞ……俺も南野さんのウエディングドレス姿が見たかったのにお前という奴は」
「い、行きます、行きますってば」
「じゃあ、代わってやる。後で飯奢れよ」
「はい……」
一年に奢りを要求するなんて、どういう三年だ。
とは思いつつ、退路を断ってもらえて踏ん切りがついたのは有り難かった。
もう一度会釈して、白テントの外へと出る。
もう着替えてる時間はないから、この目立つ格好のまま行くしかない。
「スミマセン、通ります!」
延々と続く人混みの中を必死に泳いで、昨日と同じ会議場のある棟へと俺は向かった。
暗がりの中、一番後ろの入り口からこっそりと会場に入ると、既にミスコンの本選イベントは開始していた。
こっそり腰をかがめて進み、チケットと座席の番号を確かめると、今日もかなり前の方だ。
ううっ、全部俺が悪いんだけど、この格好でど真ん中の前から三列目って……!
「すっ、スミマセン……!」
申し訳なさで死にそうになりながら、方々に謝り倒してどうにか席についた。
袴を握り締めながら舞台を見上げると、そこには既に洋装の花婿・花嫁衣装を着た三組の男女がペアごとに立っている。
青磁は中央で、ベリーショートの銀髪をオールバックにし、光沢のあるシルバーグレーのフロックコートを着て堂々と顔を上げていた。
片耳だけに付けたダイヤのピアスと、エレガントな幅広の白タイが似合っていて、まるで絵画から飛び出してきた王子様みたいだ。
かなり距離が近かったけど、抑制剤を念のため多めに飲んできたせいか、今日は平気みたいだった。
匂いも感じないし、一安心だ……。
青磁の隣では、栗色のロングヘアを上品なアップにして、小さなティアラをあしらった南野さんが嬉しそうに頰を紅潮させていた。
そのウエディングドレスはハイネックかつ長袖の清楚なデザインだけど、胸元だけは丸く開いていて、Fカップはありそうな深い胸の谷間が見えている。
いつも大人っぽい感じの彼女だけど、ウェディングドレス姿だと清楚なのに色っぽさも凄い……最強過ぎる。
……そして、お似合いのふたりすぎる……。
二人が友達以上、恋人未満だった時、青磁はどんな風に彼女に接してたんだろう。
俺と付き合う前は女の子を沢山はべらせてたから、なんだかんだ言ってオッパイは好きそうだし……。
南野さんは俺みたいに筋肉質じゃなくて、声とか顔も俺よりずっと可愛いし。
昨夜は二人で、どこでどんな練習を……。
真夜中にいい雰囲気になって、昔の思い出話で盛り上がったりして……そのまま……。
イヤな想像が頭の中をグルグルして、発情しないのは良かったけど、ものすごく落ち込んでしまった。
バカか、俺は……。
「さて、それでは皆さんお待ちかねのシチュエーション劇を行って参りたいと思います! 3組の候補者はいったん退場頂き、衣装などの準備をお願いいたします」
昨日と同じ司会者の男性が促し、青磁が南野さんの手をとり、エスコートして下手の方へ歩いていく。
胸がチリチリしながらも目の前を通り過ぎる他の二組を見ると、残っていたのは航の髪の毛をセットしてくれたインテリ美女の北田まいさんと、昨日俺が見逃した五十嵐君という2年生とのペア、そしてエントリーナンバー1の可愛い系の西崎さんとオメガの三ノ宮君のペアだった。
三ノ宮君は金髪にネイビーのフロックコートを着て、首元に緩く結んだリボンタイが凄く可愛くてカッコ良い。
昨日もすごい人気だったし、本選に残るのも納得だ。
北田さんはクールビューティな外見なのに中身も凄く優しい人だったしな。
あの中に航がいないのはやっぱり、本当に残念だし悔しいな……。
ため息をついていると、誰もいなくなった舞台が暗転した。
真っ暗な舞台の上では、黒子の人たちが大道具を運び混んでいる。
その中に裕明の小柄な姿が見えて、思わず微笑んでしまった。
偉いなあ、裕明……。スポットライトが当たってる人たちも全力で頑張ってるけど、これだけのイベントを作り出す裏方の裕明達も本当に、凄い。
心の中で拍手を送る内に彼らも退場し、再びアナウンスが聞こえ始めた。
「――それではこれより、西崎・三ノ宮ペアのシチュエーション劇です。テーマは『禁断のオフィスラブ』」
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