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ブザーが鳴り、パソコンの置かれたオフィスデスクだけの大道具が舞台に浮かび上がった。
オフィスチェアに座っている小柄な三ノ宮君は、どういう早変わりなのか、素の真っ黒な髪の毛に黒ぶちメガネ姿、さらに灰色の野暮ったいスーツ姿になっている。
相変わらず、オンとオフが凄いギャップだ……。
「三ノ宮先輩! 今日も残業ですか? 一緒に帰りたいです!」
ミルクティー色の髪をゆるふわ巻きにした天使みたいな可愛い系美女が、タイトスカートのOL制服でコーヒーカップを持って近づいてくる。
三ノ宮君のペアの、西崎さんだ。
会場がおおーっと野太い声で盛り上がった。
二人は付き合ってる設定なんだろうか?
会場の期待が膨らんだ瞬間、三ノ宮君がガタンと立ち上がって吠えた。
「……俺に話しかけるんじゃない!」
バンと机が叩かれる。
「お前みたいな可愛すぎるアルファのお嬢様が、俺みたいな貧弱オメガなんかと仲良くしていたら……俺がフェロモンで誘惑したと誤解されるだろうがー!?」
「ええー!? ……でも私もともと、先輩のこと好きなんで……っ」
「関係ない!」
「関係ないって」
「近すぎるぞ! フェロモン禁止だ、2メートルは離れろ! ソーシャル・ディスタンスを保たんか!」
横に立っている西崎さんが、ヨロヨロと離れながら切なそうに俯く。
「えー……そんなこと言っても、今は会社に私たち以外誰もいませんよお!? 誰も見てないのに。私、三ノ宮先輩と一緒に帰りたいです……こんなに好きなのに、いつになったら交際OKしてくれるんですかっ!?」
「ずっとダメだ」
三ノ宮君が眼鏡をギラリと光らせて答えた。
「ずっとって……。私のどこがダメなんですか!」
「可愛い所と、アルファな所と、可愛い所だ!」
「納得できませんー!」
西崎さんが女の子座りでさめざめと泣き出す。か、可愛い……!
「俺なんかとお前が付き合ったりしたら、どうなると思う……! 俺が世間と会社とお前の両親に打ち首獄門で処刑される! だからダメ、絶対!」
「いつの時代の話してるんですかーっ! そんな薬物中毒撲滅ポスターみたいなこと言わないで下さい〜っ」
お、俺もオメガだし、相手の親には認められてないから、なんだか身につまされる劇だなぁ……! 打ち首にはされないと思うけど……。
それにしても三ノ宮君の真面目君みたいな演技は凄くうまいし、ハマっている。
「……じゃあ、いつも通り、別ルートの電車に乗るぞ。昨日はAルートとEルートだったから……今日は俺がCルート、お前がFルートだ」
「そんなぁ。一緒の街に住んでるのに、無茶ですよぉ。しかも毎日定期外のコースで帰るとか、私たちすっかり金欠じゃないですかー」
「当たり前だ! 壁に耳あり、障子に目ありと言うじゃないか!? お前みたいなお嬢様アルファが俺なんかに血迷ってるなんて、世間に知られたら俺が島流しの刑だ!」
「先輩思い込み激しすぎですー! それに心配なんです! 三ノ宮先輩、この前、ストーカーに遭ってるって言ってたじゃないですか!」
「クッ……」
「一緒に帰れば、私が得意のヌンチャクで撃退しますから! アチョー!」
西崎さんが果敢に立ち上がり、かっこいいカンフースタイルの構えをとる。
西崎さんは恐らくプライベートもアルファなのだろう。ファイティングポーズから、可愛いのに威圧感のオーラを感じた。
「余計なお世話だ! じゃあ、俺はCルートで帰るからな。お先に失礼します!」
「あーん、三ノ宮先輩!」
西崎さんを置き去りにして、容赦なく三ノ宮君が退場していく。
舞台は一度暗転した。
残った西崎さんにだけ、スポットライトが当たっている。
彼女は可愛い声で独白を始めた。
「――でも実のところ、私はいつも別々に帰るフリをして、変装して大好きな先輩と同じ電車に乗っていたのだった。先輩が例のストーカーに遭ったら、いつでも私の特技、中国武術とヌンチャクで撃退できるように……」
スポットライトが消え、電車のガタンゴトンという音が鳴り始めた。
下手寄りに現れたスポットライトの中に三ノ宮君が現れて、満員電車の中で立っている人、という感じの一人芝居を始める。
一度上手に引っ込んだ西崎さんは、しばらくして、ハゲカツラとサングラスとマスク、更におじさんっぽい肌着とステテコ、ヌンチャクを挟んだ腹巻を身につけた格好で躍り出てきた。
上手寄りのスポットライトの中に立っている姿は、さっきの天使のようなOL姿と比べるとすごい落差だ。
ふたりとも、押されたり、よろけたりする電車の中の演技がうまい。
そのうち三ノ宮君が西崎さんに気付き、端正な眉を吊り上げた。
「むむ……! あいつ、今日もいるぞ……!? しつこいストーカーめ……! 今日こそコイツでぶちのめしてやる」
三ノ宮君がスーツの懐からチラッとなにかを出した。
まさかの鎖がま風の武器だ。勿論、偽物だろうけど。
ドキドキしながら見守っていると、二人は満員電車の中……というパントマイムをしながらどんどん近づいていき、ついに舞台上で出会ってしまった。
三ノ宮君が気色ばんで変装した西崎さんに掴みかかる。
「おい! そこのお前ー!! ちょっと電車を降りてもらおうか。いつもいつも人に付きまといやがってこの変態オヤジが……!!」
「キャーッ、バレてないけどバレちゃったーっ! ちがうんです、濡れ衣です!」
「どこが違うんだ! 成敗してくれる!」
電車の音が止まり、かわりにブルース・リーの「燃えよドラゴン」のテーマがBGMとして流れ始めた。
舞台上で三ノ宮君が黒縁眼鏡を捨て去り、端正な顔を見せる。
観客席から黄色い声が上がる中、彼は鎖がまの鎖をブンブン振り回して見得を切る。
「ここで会ったが百年目……オメガ、舐めんなよ!」
三ノ宮君、決めぜりふがメチャクチャだけどかっこいい……!
「違うんです! ある意味舐めたいけど舐めてません!」
西崎さんもハゲかつらのままヌンチャクを素早い手捌きで構えている。
そして何故か、ついに鎖がまVSヌンチャクの対決が始まってしまった。
「ホワター!」
「アチョーッ!」
「カマ! カマカマ!」
舞台を縦横無尽に駆け回りながら、飛ぶ鎖、舞うヌンチャク。
とても一晩で仕込んできたとは思えない戦いぶりだ。
やったりやられたりの熱演をあっけに取られて見ていると、最後には鎖がまによって西崎さんのハゲかつらが吹っ飛んだ。
「お、お前……! えりだったのか!」
舞台上で崩れ落ちる西崎さんに、三ノ宮君が驚愕しながら駆け寄る。
「スミマセン、先輩! 私どうしても先輩が心配で! だからつい……っ、後をつけてました……!」
「そうだったのか、えり……悪かった、誤解して。それからこれ……落ちてたぞ」
三ノ宮君が落ちたハゲかつらを手に取り、恭しく彼女の頭に載せる。
いや、それは別に今必要じゃないのでは……。
「ごめんなさい。もう2度と付きまといませんから……」
180度反対向きにカツラを付けられた西崎さんが泣き崩れる。
そんな彼女の肩を、三ノ宮君はしっかりと抱いた。
「いや、いいんだ。俺は自分がオメガだってことにこだわり過ぎていた……。お前みたいに、俺がオメガだなんて事を気にしない男気……いや、女気あふれるアルファもいるのにな……。さっきお前にヌンチャクでぶちのめされて、初めて自分の愚かさに気付いたよ」
素顔の三ノ宮君の男らしさ、かっこよさに思わずきゅうんとしてしまう。
これは……男も惚れるヤツだ。
「好きだ、えり。付き合おう」
「三ノ宮先輩ー!」
抱き合う姿に大きな拍手が巻き起こる。俺ももちろん、手が痛くなるくらい拍手をした。
やがて二人は演技を終えて仲良く手を繋ぎ、客席に向かって手を振り出した。
いい劇だった……。
余韻に浸っていると舞台に男性司会が出てきて、朗らかに二人にインタビューを始めた。
「西崎さんの特技、中国武術を生かした寸劇とは凄いですね!」
「筋書きは全部三ノ宮君が考えてくれました」
ステテコ姿ではにかむ西崎さんが可愛い。
ただ可愛いとかカッコいいだけじゃない、それを崩していったところの魅力も見せていく勇気……。
しかも寸劇とは言え、一晩でこの筋書きを考えて、台詞を覚えて、息ぴったりで殺陣を作ってくるなんて、まさに至難の技だ。
二人の才能と個性が眩しい。
これはもしかすると、優勝するのはこのカップルなのでは……?
いや、ミスとミスターはあくまで別々に評価されるという話だから、一緒に優勝するとは限らないけれど。
それにしても、こんな終始コメディータッチの劇なら、たとえ青磁が他の女の子に「好き」と告白したとしても、そんなに傷つかない気がするな……!
どうかお願いだから、青磁と南野さんのシチュエーション劇も、ヌンチャクと鎖がまで対決するような楽しい雰囲気であって欲しい。
……なんて思うのは、俺のワガママだろうか。
舞台からは、三ノ宮・西崎ペアがはけて行く。
司会者が次のペアの名前を読み上げた。
「さて、次のシチュエーション劇に参りましょう。虎谷・南野ペアによるテーマ、『幼馴染』です。胸キュンシーンが期待できそうですね。それではどうぞ!」
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