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青井大二郎は、寒椿が好きだった。
毎月17日は母の久乃の月命日で、菩提寺の光宗寺にある小さな先祖代々の墓に参るのだが、その道すがらにある寒椿に冬はいつも心奪われる。
光宗寺の手前の右側に苔むした地蔵が6人並んでおり、その先に阿弥陀寺の幅3間あまりの三段の石段、次に椿が2本あり、椿の前を通り過ぎてすぐに右に折れて1町ほど歩くと光宗寺がある。
その椿というのが白斑入りの八重咲きの花で、雪を被った様子など溜め息が出る程に美しい。
椿は花の付け根からポロリと落ちる姿が打ち首を連想させるとして、武家には忌避されたと伝わるが、そんなことはなく、それは幕末とか明治とか呼ばれることになる後の世の流言であって、実際には、日本の歴史上、椿が縁起の悪いものとして扱われたことは無い。
一思いに散るところなど、大二郎はむしろ桜よりよっぽど潔いと思う。
その朝、前夜半から降り始めた雪が一尺あまりも積もっていた。
いつものように墓参に出た大二郎は、下駄の歯に詰まった雪を取ろうと、阿弥陀寺の門に掴まって石段に下駄を打ち付けていた。
すると、阿弥陀寺の中から誰やら出てきた気配がした。
てっきり誰か咎めに出てきた思った大二郎は、言い訳すべく顔を上げると、あにはからんや、それは寺の者ではなく、一人の女性だった。
見ると、木下道場の朋輩の増田久蔵の姉の志保だった。
義良和尚から和歌の指南を受けに来たものと思われる。
刻限も昼に近く、ちょうど帰る頃かもそれない。
『おや、志保様ではありませんか。いま帰りですか。』
普段から顔を合わせている気軽さから、大二郎は気安く声をかけた。
『おや、誰かと思えば青井の大二郎さんではありませぬか。こんな日も墓参りですか。感心、感心。』
志保もざっくばらんに応えた。
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